52 過去の記憶
夕食を食べ終えると報告が始まる。ここは寂れた農村なので唯一泊まれるところの村長の家も小さく1つしか部屋が無く私だけ泊めて貰えと言われた、一応女の子なので。
貴族様ながらマティウス達は野営だ。食事も自分達で用意するからとお断りし私達だけで済まし、焚き火を囲み見張りのアリステア以外で話合いが行われた。
「この村はミトと違って寂れ過ぎてあまり参考にならないかも知れません」
「そのようだな」
マティウスも見回って同じ感想を持ったようだ。
「なんとか出来ないのですか?このままじゃ遠からず飢えてしまいます」
私はあまりに酷い現状に助けを請う。
「ここは我家の管理区域では無いのでな」
「どういうことですか?マティウス様が回っているではありませんか」
私は訳が分からず首を傾げる。
「私は流行病を無くす為に調査という名目で特別に領主から許可を受けているに過ぎない。それ以外は管轄外の地に手を出せん」
「ですが、流行病の解明の為にも農村の存続は必要な事ではありませんか?」
私は食い下がるが、ダリューンが止める。
「無茶言うな。越権行為だと言われれば賠償だの権利の剥奪だのややこしい事になる。ここは辺境伯の管理区域だ。報告くらいは出来てもそれ以上は無理だ」
「そんなぁ……辺境伯はご存知無いのでしょうか?」
「いや、ご存知でもなんとも出来んのだろう。おそらく貧困に喘いでいるのはここだけではあるまい。それに辺境伯ご自身も余裕のある方では無かったはずだ。土地の開拓を命じられてるが進んでおらんからな」
貧乏辺境伯爵か……貴族だからってお金持ちじゃないんだ。マティウスの家はあんなに凄いけど当主はまだ親父だし。案外自由になるお金は無いのかも知れない。
私はガックリとしてそのまま村長の家にお世話になりに向かった。明日は迎えに来るからと、送ってくれたアリステアが私が家の中に入るまで確認して帰って行った。
部屋に案内してもらい、ベットにどっと腰を下ろす。その途端急激な眠気に襲われ気絶するように眠った。
……ねぇ、まだなの?……
あぁ、エマ。今は出て来ない方が良いよ。
……なぜ?返してくれるって言ったのに!……
うん、返すよ。後少しだと思うから。
……もう我慢出来ないかも。私なんだか早くここから出たくなってきた……
もう少しだから、待って、ね。
あぁ、急がなきゃ。
起きるなり私は村長さん達にお礼を言って馬車に向かった。マティウス達が野営していた場所に行くといつの間にか数台の馬車が来ていて、その周りには貴族が数人うろついていた。見知らぬ貴族が怖くて私は大回りし、テリウスが片付けをしている所に行った。
「おはようございます、カーン様。あの馬車はどちらの方々ですか?」
「あ、お前はまったく。迎えに行くと言ったではないか、勝手にくるな。アレは調査団だ、報告させる為に一時合流したのだ」
「え、そうなんですか、なんかすみません」
「仕方ない、誰かの目につく前に馬車に籠ってろ」
「何故ですか?私、大人しくしてますよ」
「マティウス様に話し掛けている所を誰かに見咎められたら困る。ただの平民のくせに厚かましい態度も駄目だ」
私ってそんなに駄目なんだ。ヤバいね。
「わかりました。馬車に行ってます」
私はテリウスにそう言うと見知らぬ貴族に見つからぬようにコソコソと他の馬車の間を抜けマティウスの馬車の前に行った。
そっとドアを開けようと手をかけた途端、物陰から下位貴族の革鎧を着た男が現れた。
「お前は誰だ。何故ここにいる」
「も、申し訳……!」
驚いて立ち止まり顔を見上げ、その瞬間私は血の気が引くのを感じた。
それはあの男だった……ジョルジュを切り捨てウォルフを殴り倒し馬車を燃やした、そいつに間違い無かった。
私は叫び出したい気持ちをなんとか抑えたものの、震える体をどうする事も出来ず、逃げ出したいのに動く事も出来なくて男から目を離せずにその場に崩れるようにへたり込んだ。
口もきけずただ震えるだけの私が不審者に見えたのか男は私の腕を掴み馬車の間から引きずっていった。
「平民が潜り込もうとしておりましたぞ!」
男は私を投げうつとスラリと腰の剣を抜いた。
「何か盗もうとしていたのではないでしょうか?」
ギラリとした目で私を睨み剣を突きつける。みんなの前に転がされ何とか体を起こしたが立ち上がれず、私は恐ろしさで周りの声もよく聞こえなかった。
何人かが男の所業を咎めたようだが男は平民が気に入らないのか私を蹴り飛ばすと笑った。
そうだ、あの時もこんなふうに何も出来ず逃げるだけだったのだ。私を踏みつけ男は剣を振りかぶった。恐ろしさで意識が薄れる中どこかで誰かが呼んだ気がした。
真っ暗な中、ウォルフの逃げろと叫ぶ声が聞こえた。ラルクに手を引かれ森に逃げ込む。後ろで許しを請うジョルジュの声がしていた。
逃げなきゃ殺される!
私は必死に足を動かした。いつの間にか前を行くはずのラルクの姿は見えなくなりひとりで逃げていて、後ろからは誰かが追いかけて来ていた。
誰か、誰か助けて!
「エマ!大丈夫か?」
突然目の前にマティウスの顔が現れた。
「マティウス様!助けて下さい!父さんとウォルフが!」
私は必死に叫んだ、早くしなくちゃ、二人共死んでしまう!
「何を言っている?エマ、しっかりしろ。ここには誰もいない。わかるか?」
体を揺さぶられ周囲を見まわす。マティウスが私を抱きかかえ!ダリューンが驚いた顔で覗き込んでいた。
私はまだ震える体を起こしてもらいなんとか座ると混乱している考えをなんとかまとめようとする。
「あの……マティウス様、私はいったい……」
「落ち着け、突然見知らぬ貴族を見て驚いたんだろう。ここにいれば大丈夫だから心配するな」
そこは馬車のなかだった。蹴り飛ばされたキズは癒やしてくれたのか痛まない。何か言いたげなダリューンをマティウスは外に出した。
自分の左手首に触れた後、私に甘い薬湯を与えてくれ、飲み終わるのを待っている。
「少しは落ち着いたか。どうしたんだ?あの者と何があった?」
「あの……貴族は……父さんとウォルフを……」
そこまで話してハッとした。マティウスが見たことの無い真剣な目で私を見ていた。
「何故そんな事を言う。お前は父さんとウォルフを助けろと言った、それは……まるであの時のアリアのようではないか」
マズい、記憶が混乱してまとまらない。
「それは、その……アリアに聞いて」
「アリアにはあの時の記憶はない。襲われた事は知らないはずだ。ましてお前がそれを誰だか知るはずが無い」
逃げ場はない……そう突き付けられて私は覚悟を決めた。
「わ、私は……何と言えばいいのか……アリアだったのです」
マティウスが理解の範疇を超えて驚きか呆れか分からない顔をした。
「もう少しまともな言い訳は出来ないのか?」
「残念ですけど、出来ません」
「誰がそんな事を信じるのだ」
「誰も信じないと思ったので話せなかったのです」
マティウスは頭痛を堪えるように目を眇め私を見てため息をつく。
「信じろというのか?そんな事」
「アリアとしてマティウス様と過ごした記憶があります。アリアが失った記憶は私の記憶なんです」
「抜け落ちた部分がお前にあるのか?」
「はい。ですからオルガの事も新月魔草の洞窟の事も知ってます」
マティウスは驚いて目を見開き息を詰めた。
「確かに辻褄が合うところがあるな。なぜ色々な情報を知っていたのか不思議だったのだ」
「すみません、アリアと話された事は全て知っていると思って下さい」
「……では、あの下位の騎士が?」
私は体をブルッと震わせコクコク頷いた。涙が勝手に出てきて頭の中に血だらけのジョルジュや殴られたウォルフが浮かび目眩がする。怖い……
「大丈夫だ、二人共助かったし、お前もラルクも無事だった。落ち着け、大丈夫だ」
そう言ってマティウスは私をそっと抱きしめてくれた……
優しく抱きしめられ、心地よい暖かさと安心する匂いに包まれてた。体の震えもおさまりぼうっとしていた……
すると突然、馬車のドアをノックする音が響いて飛びあがった。それはマティウスも同じだったようで慌てて私から体を離す。
「なんだ!」
ちょっとキレ気味に返事をするマティウス。外からはなかなか出て来ない事を心配したテリウスが「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
マティウスは私をチラっと見て気まずそうにし、視線をそらした後すぐに貴族仕様の無表情に顔を整え外に出た。ドアはすぐに閉められ、外からは「もう少し落ち着くまで放っておけ」と聞こえてきた。




