50 聞き込み1
マティウスが先に焼き上がっていたナッツ入りのクッキーを手に取って一つ口に入れると驚いて一瞬止まり、モグモグ口を動かすと次を手に取り「うまいな……」とつぶやく。良かった、お口にあったようで。
「なぜ危険だと言ったのに無理についてくるのだ?」
マティウスは次のお茶の葉クッキーを手に取り食べながら聞いてくる。
「それは……時間が惜しいので」
「だが、其方が危険な目に会うことはないだろう」
「ですが、本当に期限がせまってて……」
「なんの期限だ?」
私はマティウスの左手に視線を向けるとすぐにマティウスは右手でそこに触れ盗聴防止の魔術具を使ってくれた。
「詳しくは言えませんが……お願いがあるんです」
「なんだ?」
「私が今のように役に立たなくなっても、なにかしら生活出来るようにして欲しいのです」
「どういう事だ。ここで暮せばよいであろう?」
「ですから、私にもしも何かあって……以前のアリアのように記憶が無くなっても孤児院に返したり望まぬ所へ売り飛ばしたりしないで欲しいのです」
「なぜその様な事を言うのだ」
マティウスはちょっと怒り気味に腕を組むと私を睨んだ。
「もしもの為ですよ。他意はないです」
私はニッコリ笑って誤魔化す。ともかくエマの居場所を確保しとかなきゃいけない。
「本当にお前は……以前のアリア、か」
「え!な、なんですか?」
「お前と話してると以前のアリアを思い出す」
ひょえ~、それはそうだ。だって同じだもん、言えないけど。
「なんですかそれ。さてはアリアが恋しくなったんですか?最近なかなか会えないですもんね」
「いや、そうではない」
からかったつもりが、冷静に返された。
「以前のアリアは話してて面白いやつだったが今は話したいとは思わん」
「マティウス様は結構飽き性なんですね」
「なんだか人聞きが悪いな。私にとってアリアはもう別人だという事だ」
若干遊び人のような発言にちょっと笑ってしまう。それを見て何故だかマティウスは一瞬ホッとしたような顔をした気がした。
すぐに無表情に「早く寝ろ」と言って再び手首の魔術具に触れると去って行った。これでエマの居場所が確保出来たかもしれない。私は後片付けをすると部屋に戻った。
朝起きるとなんだか体に違和感があった。ちょっと胸騒ぎがするというか、落ち着かない感じというか。とにかく行かなきゃ。
私は身支度を整えると調査に行く為に門へ向った。そこにはいつもの馬車が一台あったのだがいつもと違う。
「お、おはようございます……なんですかそれ!」
八脚馬がいた。いるんだ八脚馬!目の前にに魔獣がいるなんて!私は恐る恐る近づく。
「勝手に近寄るな。そいつは好き嫌いが激しいから噛まれるぞ」
テリウスに注意されビクッとして立ち止まる。すると八脚馬がこっちを見た。ふわぁ〜可愛いぃ。
大きな黒い目がキラリとして全身薄い灰色の短い毛に覆われ鬣は少し濃い灰色でサラリと長く、その一部分を可愛く三編みにされていた。誰?こんな可愛く仕上げたの。
「いや〜ん、可愛いぃ。ねぇねぇ触ってもいい?ちょっとだけ、ね、ね」
私は話しかけながらゆっくりと近づく。
「危ないと言ってるであろ」
テリウスが私の首根っこを捕まえもう少しで触れそうなのにこれ以上近づけない。以外と力が強いんですね、文官なのに。
「言う事が聞けないなら置いて行くと言ったはずだが?」
颯爽とやって来た朝からお綺麗なマティウスにチクッと刺される。
「は、申し訳ございません。つい可愛くって……なぜ八脚馬がいるのですか?前は普通の馬でしたのに」
「普通の馬より体力があり頑丈で多少の魔獣は蹴り殺す。身を守る術も無いくせに駄々をこねる奴を連れて行かねばならぬからな。マチルダを連れて行く事にしたのだ」
そう言ってマティウスはマチルダという名の八脚馬の首をそっと撫でるとフッと笑った。マチルダも目を細め気持ち良さそうに顔を寄せるともっと撫でてとばかりに甘えた仕草をする。魔獣には笑いかけられるって……
でも待って、キレイな物とキレイな物が揃えばキレイさ爆発です。まるで絵画のような幻想的なその様をぼうっとしながら見惚れていた。
「早く乗れ」
テリウスに現実に戻され馬車へ乗り込む。情緒が無いよ、情緒が。馬車の中で今日の予定を教えてくれた。
「本日はミトという町に行く。そこは農村では無いが少し農業をしている者がいるので比較のために話を聞いてみようと思う」
そんな事考えてたんだ。私じゃ思いつかないね、比較は確かに大事だ。辺境の農村ばかりが流行病の発生地になっているもんね。なぜ首都に近いところにはあまり出ないのか確かに気になる。
馬車は走り出し昼過ぎにはミトに到着した。
そこはアリアが住んでいたキルクより少し小さい町で宿屋が一つ、商店も少ししかない特段何も無い町だ。アデミンストからは比較的近く大型の魔物も出没せずのんびりした町だった。町の外れにちょっとした畑があって数種類の野菜を育てていた。今は時期的に殆ど何もなかった。
マティウスは町長を呼び出し畑の持ち主と共に質問をしていた。正確にはダリューンが話していた。
「ここ最近何か変わった事はないか?」
「いいえ、何もございません。ここは首都から近いので誰も悪さをする者もおりません」
町長は揉み手で答える。
「町民の生活も変わりないのか?」
「えぇ、もちろんです。ここは何も無い町ですのでみな慎ましく暮らしております」
益々手を揉み込み作り笑顔が気持ち悪い。小物だな。
「畑の方はどうだ?」
「ふぁい!」
中年の大人しそうな細身の男がこの畑の持ち主、正確には借り主が、緊張して汗をかきつつビクッと身を震わせ答える。
「だい、大丈夫でございます。か、か、変わりなく」
そう言うのが精一杯という感じでどんどん顔色が無くなってくる。初めて貴族様と話したのだろうか?いつもは町長が受け答えして事を済ますのが通例だろうから貴族様から直接質問とかもう限界だ。
「……もう良い」
苦苦しい顔でマティウスは私を見た。「ね、無理でしょ」とは口が裂けても言わないけど伝わっているようだ。町長を帰し宿屋に向かって歩き出す。
「出来るのか?」
不機嫌なマティウスはこちらも見ずに言う。
「えぇ、今から行ってきます」
「アリステアを連れて行け」
「それじゃあ意味無いんですけど」
チッと舌打ちし睨まれる。アリステアが「見つからぬように離れてついておりますから」と提案し渋々承知してマティウス達は宿屋に行った。私は引き返すとさっきの畑でグッタリしているオジサンに声をかけた。
「お疲れ様です。大丈夫ですか?」
「ふぁっ!な、なんだよガキかよ。脅かすな」
また貴族様が来たのかと飛び上がった男は私を見てホッとした。
「なんだ、なんか用か?忙しいんだよ」
男は私を面倒くさそうに見る。
「はい、ここでは畑に何か植えてあるのか知りたくて。最近うちの村は取れ高悪くって」
「はぁ?どこの村だ?」
「東の方です」
「なんだよ素人か?ここ数年は雨が少ないからどこも悪いぞ。農村なんて魔物が多く出て大変なんだろ?」
「なんだかグズモットがよく出るみたいでどこも苦労してます」
「あぁ、俺も聞いたよ、いつもより多いって。この前なんてエライ大群で森中駆け回ってたって聞いたぜ」
「そうなんです。私はこの辺詳しくないんですけど、珍しいんですよね」
「あぁ、俺んとこは前は年に数匹から数十匹程度だったな。ウチのじいさんの話によると五、六年前に酷い干ばつがあったろ?そのせいじゃねえかって言ってたよ。昔もあったんだと」
「干ばつ?雨が少なかったんですか?」
男は腰に下げた筒から水を飲むとその辺の石に腰を下ろした。
「そうだよ、お前はチビだから知らんだろうけど大変だったんだよ。雨は降らんし、魔物は町までやって来るしでよ」
「魔物が?」
「あぁ、森の恵みも減っちまうからな。食べ物求めて人里まで来るんだよ」
五、六年前って事はポツポツ流行病が出だした頃だ。




