49 説得
期限が切られてしまった。なんとも言えない気分だ。エマがちゃんと生きて行く気になったのは勿論良い事だけど、私の存在ってなんなのだ……
どんよりしたまま食堂に行くとガビーがみんなを仕切りながらイキイキと話をしている。若いなぁ……輝いてるよ。
ボンヤリその様子を見ているとセスに声をかけられた。
「ヨォ……おはよう!どうした?まだ眠いんだろ」
元気の無い顔をしていたのだろうか、セスがからかってくる。
「うん、まぁ」
私は曖昧に答えると手近な所に座る。
「なんだよ、食べないのか?駄目だぞ食わないと、取ってきてやるよ」
そう言うと私の食事を取りに行ってくれた。優しいなぁ……
じんわりセスの優しさに浸っていると話を終えたらしいガビーがこちらにやって来た。手に持った飲み物を飲みつつニヤリとする。
「今日から働くんだろ?何するんだよ。セスが気にしてたぞ」
「セスがなぜ気にするのですか?」
「そこはお前、本人に聞けよ」
そう言って私の前に食事の乗ったトレーを置いてくれたセスを見る。
「何っすか?」
セスが首を傾げて聞いてくる。
「何故セスが私の仕事を気にしてるのかってこと」
「な、何故って、そりゃ、お前、オレはお前の先輩でだな、指導を任されてたんだからその……」
セスが赤い顔をして分かりやすく慌てている。はっはーん、エマに惚れたか。確かにエマは見ため可愛いし、今は小綺麗な服着てるからちょっと大人っぽく見える。この位の年頃の少年には刺さるものがあるんだろう。ここには他に年頃の娘もいなさそうだし。ゴニョゴニョしてるセスには悪いが私には応えられる物が無い。
「まだ何もわからないんだよね。多分、勉強は続けると思うけど」
「勉強?」
「うん、薬剤師になれって言われてるから」
そう言うとガビーがアチャ〜って顔をしてセスの肩を軽く叩く。
「そりゃ本気で取り込む気なんだな」
「本気って?」
ガビーによると私をずっと手元に置いとく為に自分に役立つ為の知識をつけられてるらしい。平民の財力も後ろ盾も何もない私は流石に貴族の側にずっと置いとくのは世間体が悪いのだそうだ。それは完全にそれ用というか、アレ用と言うか体目当て……イヤイヤ趣味の……まぁそんな感じで正式な愛人でも無いらしい。時折極稀に平民と正式な婚姻を結ぶ貴族もいるらしいが、その後は貴族社会からはみ出て家族からは縁を切られひっそりと生きるしか無いそうだ。伯爵家の跡取りにそんな事が許されるわけない。階級社会は怖い所だな。
セスは分かりやすく項垂れて食事を取り始める。私に食べなきゃ駄目だと言ってた割に自分が食欲無さそうだ。朝から嫌な話を聞いてしまい、さらにどんよりしたまま昨日の内に教えられていた勉強部屋へ行った。
「おはようございます」
どんよりを隠す気も無く部屋に入る。そこは別館と言えど貴族様の本気が伺える高級な家具や調度品が揃えられたシンプルながらも豪華な所だった。
さり気無く置かれている小物一つとっても絶対に近づきたくない、壊れたり紛失したら私の命が幾つあっても足りない物だと分かる品ばかりだ。やり辛い、ここで勉強とか周りが眩しすぎる。その中でも超一級品が口を開いた。
「いつまで突っ立ってる。早く始めなさい」
キラキラしいお姿で急かされて私は席に着く。そうだ、調査の同行をお願いしなきゃ。
「あの、マティウス様」
「連れていかんぞ」
「ですが、貴族様だけだと」
「なんとかする。私は調査団とは別行動だしな、ダリューン辺りならまだマシであろう」
ホントにわかってない。
「ダリューン様は確かにお優しいですけど、貴族は貴族です」
「だが、ジョルジュ達や其方もこうして話が出来ているではないか」
「ジョルジュさん達だっていつも緊張感してます。生活の為仕事の為に一生懸命やりますけど、自分達から要求する事は無かったはずです。私がお砂糖を要求したって言ったら青ざめてましたし」
「なるほど、其方が変わっているという事が浮き彫りになる話だな」
「ゔ、すみません。ですから、平民は平民同士のやり方があります。私は子供で女ですから余計に相手は油断出来るんです。情報を手に入れるには絶好のタイプです。誰も私が貴族様に何か言える立場だとは思いませんから」
なんだか自分で自分を追い詰めているような墓穴掘りまくっているような気がするが今は気にすまい。
「聞けば聞くほど其方が必要な気がしてなんだか気分が悪い。だがな」
マティウスは調査に行くのは領地でも南方の村が中心で魔物が多く出る事。自分で自分の身が守れないと皆が危険な目に会うことなど私が行けない理由を述べる。私も、もっともな話だと思うがここで引く訳に行かない。エマに期限が切られてる以上いつどんな形で入れ替わられるかわからない。その方法も知らないがエマには出来るのかも知れない。
「もし、貴族様だけで行っても必要な情報が手に入らなければ無駄足です。時間が惜しいと言ってたのはマティウス様ではないですか」
マティウスは黙って考えだした。もう少しかも。
「おい、いい加減にしろ。マティウス様を困らすんじゃない。大体お前に村人の聞き取りが本当に出来るのか?」
テリウスがジロリと睨みながら聞いてくる。
「出来ますよ」
「やった事も無い事を適当に言うな、私は反対だ」
「水耕栽培システムだってやった事なかったけどなんとかなりました。でしょ?」
私はマティウスをニッコリ笑いかけた。
「大丈夫ですよ、私もアリステアも居ます」
ダリューンが推してくれる。あとひと押し。私はテリウスを見た。
「カーン様、味方して下さい」
「は?なぜ私がお前の……」
「クッキーのレシピ教えますから」
「くっきー……なんだそれは!」
「甘いお菓子です」
テリウスが思案したあと苦苦しい顔でマティウスを見る。
「……私が目を光らせておきますから……」
敗北宣言のような援護射撃をくれた。
私はどうですか、とばかりにマティウスを見る。
「……ひとりでうろつかない」
「はい」
「余計な事を話さない」
「もちろんです」
「仕事はちゃんとしてもらうからな、結果をだせ」
「ありがとうございます!」
やった!行くぞ!調査へゴー!私の満面の笑みをマティウスは複雑な顔をして見ていた。
午後からすぐにテリウスにクッキーの作り方を教えろと言われ生地を作る。抜き型が無いので単純な平丸にしてオーブンで焼いた。火加減が難しい為付きっきりで焼き、出来上がりを今度こそテリウスが一番に味見した。
「これは……サクッとしてホロっとしてじんわり甘い……マティウス様のお茶の時間にお出ししてみる」
嬉しそうに持って帰った。よし、これで借りは返した。ついでに私も作ろう。ナッツ入り、茶葉入りでいいか。
こねこね混ぜながら昔を思い出してしまった。子供と一緒にお菓子を作ってたなぁ。お金が無くてケーキなんてそんなに買えなくて、でも食べたくて。友達に教えてもらって手作りするようになり、すっごく喜んでくれてた。たいした母親じゃなかったけど、友達に自慢してるんだと言われ嬉しかった。
前世を思い出しひとり厨房でポロポロ涙を流しながらクッキーを焼いていた。
「いいニオイだな」
振り返らなくてもわかる美声が聞こえた。
「カーン様に貰えなかったのですか?美味しいですよ」
「なぜ泣いている?」
マティウスが少し焦って聞いてくる。
「なんでも無いですよ」
「何でも無くは無いだろう」
ハンカチを取り出し手渡してくれるが、私はまだクッキーを焼く為に鉄板に乗せている途中で手が離せない。チッと舌打ちし自ら涙を拭いてくれた。
そっと優しく押えるようにハンカチを頬に当ててくれ、間近に近づいた顔が実に嫌そうで思わず笑ってしまう。
「なぜ笑う」
手を離しプイッと顔をそむけて離れてしまう。
「ふふふ、すみません。あまりにお優しくて」
マティウスはため息をついた。




