48 期限
目覚めが悪い。昨夜の小さいエマの言葉に心が痛む。そうだよね、楽しそうな所には行きたいと思うよね。でも今はマズイよ、ホント。今戻っても皆困るよ。ちゃんと流行病が解決してから……してから?
そうしたら小さいエマにこの場所を渡さないといけない、よね……やり方は分からないけど。
私はどうなるんだろ?
頭の中はぐるぐると色んな考えが巡る、が、今はちょっと置いといて流行病らしきモノを止めないと。私は荷物と言っても着替のみを抱え階段を降りた。それにしてもこの服、これでいいの?小綺麗なワンピースは下働きには見えないけど別館に行けば他の服がもらえるのかな?仕事しずらいよ。
私は教室に向かおうと思っていたのだがアリステアが下で待っていた。どうやら今日は庭園側から出て行くらしい。誰とも口をきくなと言われ後をついて歩く。庭園側から出ると初めてここに来た時に草むしりした場所を通った。通りすがりに他の下働き達は貴族であるアリステアの為に道を譲って脇に退いていく。その中に洗濯場で世話になったモリーがいたが私には気付かなかったようだ。
荷物の搬入口に馬車が止めてあり、そこに乗り込むよう指示される。馬車のなかはいつものメンツだ。
「明後日から村の調査が始まる」
馬車が走り出すとマティウスが調査について話してくれた。色々根回ししていたのか疲れた様子で顔色が悪い。
「貴族様が行くのですか?」
私は一番気になる事を聞いた。
「一応、聞き取り自体は平民だが調査団には貴族も数人含まれる。これは領主直々の案件だからな、平民だけには任せられん」
そう言ってため息をついた。ギリギリまで説得してくれていたのかもしれない。お疲れ様っす。
「そうですか。知らせを待つしかありませんね」
「いや、私は待つのは好きでは無い」
マティウスはいい顔で口の端をクッと上げた。ダリューンは嬉しそうに目を輝かせ、テリウスは嫌そうな顔をした。まさか……
「私も調査に出る」
「えー!マティウス様も行くのですか?私も連れて行って下さ……」
「駄目だ!」
間髪入れず止められる。
「危険だ」
「えぇ!行きたい行きたい!連れて行って下さい!」
私は手足をバタバタさせて駄々をこねた。すると隣に座っていたテリウスが睨んできた。
「バカ者!暴れるな!マティウス様の御前だぞ!」
あ、忘れてた、貴族様に駄々をこねちゃいけないんだった。
「す、すみません」
私が謝るとマティウスは気にしてる風でも無く。
「其方には無理だと前にも言ったはずだ」
取り付く島も無くて項垂れる私。
「それに、この前のようになっても困る」
そうボソッと付け加えた。この前の農村跡で私が具合が悪くなった事を心配してくれていたらしい。やだ、優しい……ちょっとキュンとする。イヤイヤ、そうじやなくてなんとか連れて行ってもらおうと必死に考えていた。
「だから言ったではないですか、エマがゴネると」
なんとダリューンが笑顔で援護してくれる。神!よっ男前!
「連れていきましょうよ、本人が行きたがっていますし、何より面白そうです」
へ?面白そう?
「また逢い引き……じゃない、話し合えば親睦も深まるってもんですよ」
「五月蝿い!」
マティウスがダリューンを睨みつけた。逢い引き?あぁ、この前の。バレてたんだ、あれ私大丈夫?ダリューンに切り捨てられそうな話とかしてなかった、よね?
「なんの話をしてたんだ」
ダリューンがニヤニヤしながら聞いてくる。どうやらマティウスが部屋に入ってきた時に私が僅かにあげた悲鳴を聞きつけて部屋の前にいたらしい。だけど、侵入して来たのがマティウスだと察してドアの外から聞き耳を立てていたようだ。
「趣味悪いですね」
でも何も聞こえてなかったの?私が不思議そうに聞くと、
「当然、盗聴防止の魔術具を使っていたのでしょう?」
テリウスが当たり前の顔で答える。マティウスは私をチラっと見て、
「余計な事を言うとコイツは……」
「そんな物あるんですか?私にも下さい!」
「と、言うに決まっておるから黙っていたのだ」
そうして左手首のブレスレットを見せてくれた。言動が読まれていたのが気恥ずかしいです。
そこには金で出来た五ミリほどの細い幅のリングの表面に、何やら模様のような文字のようなものが刻まれていて、赤い魔石が一つ嵌め込まれていた。
「わぁー、キレイ……」
私が触ろうとするとスッと手を引く。
「やらんぞ」
「えぇ!なんでですか?見せてからくれないって酷いです」
「どのみち魔力のないお前には使えんぞ」
ダリューンが呆れて言う。クゥ~、お貴族様めぇ独占かよ、魔力欲しい!
別館に着いてからも私はしつこく連れて行けと頼んでいたが、マティウスはさっさと自分の部屋へ行き相手にしてくれない。仕方なく私は自分にあてがわれた部屋に荷物を置くと別館を少し探検する事にした。と言っても私が入れる場所は限られている。
庭にある建物の中と私の部屋がある別棟二階建ての建物、後は水場くらいだ。洗濯場、干場、井戸もある。二、三人のおばさんが井戸と一階にある厨房とを行き来していて、もうすぐ夕飯の時間のせいか中からいいニオイが漂って来ていた。
「お前、エマか?」
振り返るとガビーがいた。隣にはなんとセスがいる。初めてマティウスの所で働いた時一緒だった少年だ。
「お久しぶりです。ガビーさん、セス」
ガビーはちょっと自慢顔で庭の建物を指す。
「見たか?」
ニヤリとされたがなんの事かわからず私が首を傾げると早速連れて行かれた。
そこは学校の教室より少し大きい位の広さで温室の様にほんのり温かい。屋根には採光用の窓が取り付けられ調節する為のカーテンがつけられてる。腰高に並べられた長いプランターが端から端まであって奥にはドンとタンクが設置してある。
おぉ、なんかテレビで見た水耕栽培システムに段々近づいて来てるよ。プランターや水を通すところは木材で出来てるけどとっても立派な栽培所だ。プランターの中は新月魔草がずらりと並び順調に育ってるように見えた。
「やりましたね」
「いや、まだまだ収穫は全体では一回だけだ」
そう言いながらも嬉しそうなガビーはそこから壁を隔てた隣の部屋へも案内してくれる。ドアを開けたら隣は違う薬草でほうれん草のような青々とした葉が茂っていた。確かこれ解毒の効用のある葉だ。
「やっぱり新月魔草は難しい。こんなのは簡単に育ってる」
一般的な薬草なのかあまり感動がないようだ。
「そんな事無いですよ。成長が凄く早いですから、やっぱり凄いよ水耕栽培システムは」
後ろから着いて来ていたセスが感心しながらウンウン頷く。
「やっぱりガビーさんはスゲーや」
セスはガビーを尊敬しているようで嬉しそうに話す。それを聞いたガビーは慌てた。
「バカ、凄いのはオレじゃないよ。この水耕栽培システムを考え出したのはエマなんだ」
セスは、え?という顔をしたきり動かなくなった。カビーは私にプランターの木枠にザルのような目の細かい編み目の蓋を付けて布の代わりにしただの、水の循環装置はマティウスが魔術具を手配してくれてタンクに貯まった水が回るようになっただの、試した結果を色々報告してくれた。
「やっぱりプロですね、お任せして良かったです。これはもうガビーさんの物ですね」
私はそう言って称賛を送った。良かった、これでもう新月魔草の栽培は安心だから後は原因究明に全力を傾けるか。その為にも是非調査に同行しなくては!
ガビー達と一緒に夕食を済ませると部屋に戻った。明後日って言ってたから明日中に許可を貰わなきゃと悩みながら眠りについた。
……ねぇ、まだ私と交代しないの?……
エマ!ごめん、もうちょっと待って
……もうちょっとっていつ迄待たなきゃいけないの?……
問題が解決してから。そしたら変わるから。
……約束よ……
約束ね。
朝、ガバっと目覚めた。




