47 お忍び
マティウスと真っ直ぐに向き合った。緊張で声が震えそうだが深呼吸して話す。
「これは食中毒の疑いがあります」
「フム、それで?」
「農村では食事は皆が同じ物を同じ場所で食べます」
「あぁ、ダリューンに聞いた」
「ですから、被害がでた出た村で何が食べられていたかを調べる必要があると思います」
マティウスはコックリ頷く。そこまでは想定済みなのだろう。
「で、どうするつもりだ」
「方法はお任せしますが、やはり村々を訪ねてまわるしか無い気がします。食事の内容を調査するのです。今迄と最近の食事の変化や違い、新しい物や新しい事、生活環境の変化などです」
「生活環境?」
マティウスは首をひねる。
「はい、環境が変われば食事も変わります。例えば首都アデミンストの食事と農村とでは食事の内容、料理の仕方が違うはずです。ここ数年遡った話を聞いた方がいいと思います」
「なるほど、環境か……」
私は季節毎、時間、あと出入業者の変化など流行病が出だした以前と今の変化を調べるべきだと言った。
「確かに一理あるな……で、どこでそのような事を覚えたのだ?答える気はあるか?」
マティウスは無表情に問いかける。強制では無いその物言いに大変な譲歩をしてくれているのだと感じる。
「なんと言えば良いのかわかりません。信じてもらえるかもわかりません。ただ……」
「ただ?」
「私は見た目通りの人間ではありません」
「それは承知している。あまりにチグハグな感じだ。だが、驚異は感じないし、悪意も無さそうだ。それに」
「はい?」
「あまりにも無防備過ぎる。話の中にお前には知らせていない情報が混じっている時がある。まったく、どうやって手に入れたんだ」
「ほぇ!ホントですか?ヤバいなぁ……」
「油断し過ぎだ。ダリューンは完全に気づいてるぞ」
マティウスはため息をつく。
「ダリューン様に気づかれるのは駄目ですか?お優しい方と思いますけど」
「だからお前はバカだと言うんだ。ダリューンは優秀な護衛だ。私に少しでも危害が及ぶかもとなれば容赦無く切り捨てられるぞ」
「うわ〜、私もう駄目かも」
ちょっと気が遠くなる。
「何故マティウス様は私を信じてくれるのですか?」
「信じているわけではない」
「え?じゃあなんですか?」
「お前が何を知っているのか知りたいだけだ。お前如きにやられるとも思わんし。それから」
マティウスは言い淀むと「まさかな」とこぼし、話を変える。
「食事を主体に調べるとして、オルガの薬湯を用意しておくという事か。いずれ必要だからな」
「えぇ、出来れば私が村々を周って行きたいです」
「駄目だ」
「余地無しですか?」
「当たり前だ危険過ぎる、他の者に向かわせる」
「貴族では駄目ですよ」
「なぜだ?」
マティウスは不思議そうに聞く。
「貴族様相手ではちゃんと思った事を話せません」
「そう……なのか」
「はい、貴族様に都合の悪い事を言えば殺されかねません。何を言って良いのか、悪いのかがわかりません。そちらの都合で切り捨てられますから」
私は血まみれのジョルジュの事を思い出して顔を歪める。まだむせ返るような血の匂いを覚えている。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ」
マティウスは心配そうに眉をひそめる。
「何かあったのか?貴族と」
「えぇ、まぁ」
「相手は分かっているのか?」
「いえ、顔は覚えてますが、名前は存じません」
私はこれ以上話したくなくて無理にハハッと笑う。マティウスは「無理するな」と言って私の髪をクシャッと撫でると立ち上がり窓へ向かうと振り返った。
「明日早くに立つ、もう寝れ。それから鍵をちゃんと閉めろ」
そう言ってまた音も無くくるりと懸垂の様にしながら屋根に消えて行った。忍者みたい……
屋敷に帰ると早速マティウスはアデミンストから遠く、流行病がまだ出ていない農村を調べる為に奔走しだした。
農村は村と呼ばれているが個人の持ち物で村長と呼ばれる人が貴族から借りた土地に人を集め畑仕事をさせている、言わば会社組織だ。
平民に土地を持つ権利は無く、貴族から借りて地代を払い成り立っている。私が以前マティウスに言った平民に土地を与えろって言うのはとても非常識で不可能な事だった。
準備が忙しいのか勉強部屋にマティウスが来ない日が続いた。私は薬剤師を目指さなければならないプレッシャーを感じつつ教本のページをめくる。
基本、薬剤師は診断は下さない。マティウスの様に医術師であり薬剤師でもあるというのはとってもレアケースで本来は分業化されている。
私も診断なんて出来ないけどこの薬を作れと言われれば作れる位の所を目指し猛勉強している。取り敢えずオルガの薬湯作れるようになっておこう。そう言えばオルガは診断もしていたな。平民は医術師をいちいち呼んでられないから兼ねているのかな、長年の経験なんだろう。
しばらくすると、秘密基地があった所はキレイに片付けられ水耕栽培システムは引っ越し完了となったようだ。
別館はマティウスの持ち物で当主であるベネディクトもあまり近づかないらしく、少しは安心して作業が出来るようだ。
マティウスは跡取りだからいずれはここに戻って来るんだよね。全貌は未だに知らないけど凄い御屋敷っぽい。
別館も凄いらしく、ラッセルも行きたがっていた。残念ながらラッセルはここの庭園の責任者なので完全に移ることは出来ないらしい。向こう責任者は勿論ガビーだ。ちょっとでも知ってる人がいて心強いよ。
私にも移動の時が来た。明日引っ越すから用意しとくようにと言われる。でも別に持って行くものって?あ、調理器具持ってかなきゃ。向こうにはテリウスに貰ったのは無いや。
私は厨房に向った。ここの厨房は平民用のよりはちょっといい設備だ。使った事ないけどオーブンもある。コンロは二口あるし、火力の調整もし易い。別館にも同じ様なのがあると良いな。そう思いながらドアを開けたらテリウスがいた。
「カーン様、どうかしましたか?」
テリウスはイラッとした様子だ。
「お前に任せていたら器具を忘れてきそうだから取りに来たのだ」
「わざわざありがとうございます」
「礼を言われる筋合いは無い」
いや、あるでしょ。ホントにひねくれてるけど、最近可愛さが分かってきた。本来貴族は料理しないようで、そもそも平民の仕事だがテリウスはマティウスの為にと言うこじつけで自ら引き受けているらしい。結構変人だ。
いつもは旅に出ている時、野営の時だけに作るのだが最近は私のレシピを手に入れては密かに調理して楽しんでいるようだ。
「あ、カーン様、使い切っていない食材や調味料は持っていって良いですよね」
「あぁ、勿論だ。砂糖など高価だからな」
「砂糖ってこの領地の物では無いのですか?」
「他領からの輸入品だ」
「贅沢品なんですね」
「そうだ、まぁ、お前のおかげで手に入ったがな」
テリウスはニヤリと笑う。
「私ですか?」
「あぁ、お前が欲しがったからマティウス様が手に入れてくださったのだ。まったく平民相手に何をしているやら」
「なんか、すみません」
私はなんだか叱られている感じがして謝る。
「謝らなくて良いからマティウス様のお役に立て」
「はい、もちろんです」
私はニッコリ頷いた。
その夜、準備も整い後は寝るだけになりベットにドッカリ座る。別館かぁ……今度は多少動ける場所が増えるかな?ここは出歩いちゃ駄目だって制限されてたしな。勉強も良いけどやっぱり体を動かす仕事したいよ。そんな事を考えているとうとうとして来たので毛布をめくって潜り込んだ。
……ねえ、楽しい?……
エマ?なんかまた久しぶり。楽しいかもね。
……私もそっちに行きたいなぁ……
え?ちょっと待って、今はマズイよ。
……どうして?……
ちょっとやらなきゃいけない事があって、
……でもそもそもそこは私の場所なのに、ズルい!……
ええー!待って待って、えっと、どうしよう。
マズい!エマが本気になったら私はここに居られないかも。




