46 食中毒
さっきの記憶はなんだったんだ?リーナの物だよね。リーナの両親が何か入れたって言ってたけど、でも違うって私は思ってる。
リーナの両親て……あぁ……食事を作る仕事をしていたのか。曖昧な記憶の断片が浮かんでは消える。
地方の農村では皆が交代で効率良く食事を取るにの大きな食堂があって、勿論作る人もいる。当時、次々と人が倒れ毒を疑ったのかもしれない。誰が何を入れたのか……これってかなり核心に迫ってるかも。でもどうやって調査すればいいのか?
私は顔を上げてまた一軒一軒丁寧に調べているマティウスを見た。上位の貴族でありながら自ら汚れ仕事を黙々続ける彼に知らせなければ。
それには私がリーナでアリアだった事を告げなくては行けないかもしれない。だけどそれによって話の信憑性が疑われるだろう。だったら転生している事を伏せつつ導くしかない。どうしよう、そんな頭ないんだけど!私は普通の人なんです。誰なのこんなバカをこんな重要なポジションに当てたの、采配ミスだよ。クソー!もっと勉強しとけば良かったよ。
最近マティウスに勉強させてもらってたけど、何故私はもっと早くにその楽しさに気付けなかったのか!マティウスとの時間はとっても充実してる。疲れて顔を上げればイケメンに癒やされるなんて贅沢な一時でした……あ、だめだ現実逃避しちゃった。
私はマティウスを目で追いながら真剣にない頭を巡らす。上手く導く方法を考えるってことか?それもまだ確実じゃない事を。だけど調査する事を絞っていかなきゃいけない。少なくとも食中毒かどうかをまず調べなきゃ。ここじゃ駄目だ。何もかも朽ちてるからもっと近々の現場が必要だ。よし!震えるコブシを握りしめる。
「マティウス様!」
意を決すると声をかけた。ここに居ても無駄だ。
「もう、戻りませんか?ここには何も無いようですし」
出来るだけ自然な感じで話すがそもそも私がマティウスの行動をどうこうする事なんてありえない。だけど時間が惜しい、ちゃんと調べる為には病発生直後の村だ。つまり、誰かが犠牲になるその瞬間。そこを狙い打つなら少なくとも対策がいる。ひとりでも多く救う為に。
「何故お前がマティウス様の行動に指図するのだ」
テリウスが不機嫌な顔でもっとな事を言う。そうでしょう、そうでしょう、私もそう思うよ。
「……帰るぞ」
マティウスは何故か目を閉じ、しばらく考えたかと思ったらそう言った。
『良いのですか?!』
私とテリウスの声が揃う。
「何故お前が驚く」
動揺する私にマティウスが睨みつけて言うので申し訳ありません、と謝っておく。
「いや、私もここはもう見る物が無いと思っていた」
マティウスはそう言うとスタスタと馬車へ歩いて行った。皆ちょっと呆気に取られたがそれに従い帰路につき、昨夜の宿に向かった。
私は馬車の中でひとり考えていた。病発生の時を待つしか無いなら治療法を用意しとかないといけない。事前に止めれないなら尚更だ。
「マティウス様、良いですか?」
俯きながら考えていたが顔を上げ声をかけるとマティウスは既に私をジッと見ていた。
「なんだ?」
ウワッ、怖い!なんで見てるの?とにかく落ち着け私。
「あの、オルガの薬湯はすぐに準備出来るのですか?」
「おい、何故お前が……」
テリウスが何か言いかけたがマティウスが手で制する。
「まだ多くは無理だが数十人なら出来なくは無いだろう」
「新月魔草が無いからですか?」
「そうだ、収穫の量も少なくて不安定であるし、分量もまだ定かでは無いのでな」
「ですよね」
私はオルガの資料を思い返す。苛立った末の新月魔草一株分ぶち込んだので本当にその量がいるのかまだ分かってないが、少なくともアリアは仮死状態位にはなっていたと思われる。それは私がエマになっても彼女は無事に元通り過ごしているからだ。体はなんとか助かっていたと仮定すれば今回の事にオルガの薬湯はやっぱり効くと言う事だ。マティウスの調査はちゃんと正解を探り当ててる。
「何を考えてる?」
マティウスは私から目を話さない。いや、その優秀な調査力、私に向けないで。
「全員が一度に毒を摂取するなんて食事しか無いですよね」
私は転生前のニュースで見た毒物混入事件を思い出した。一つの鍋に入っていればそれを食べた者全員がダメージを受けるはずだ。
「可能性はある。だが、症状がひとりでも出れば全員が口にする前に気付くのではないか?」
「そう、です、ね」
そりゃそうだ。皆が食べ終わるまで毒がまわるのを待ってくれるわけないか。
「遅行性かも」
「それは考えられるな、無くはない……」
マティウスは何時ものシンキングタイムに突入し、黙って目を閉じた。考える人ってホントにそのポーズなのね。その後は静かなまま馬車は進み宿屋へついた。
毒の遅行性か……潜伏期間っていうのかな。確かまだここでは新しい考え方だって前に言ってたはず。つまり信じる人と信じない人がいるってことか。
およそ二日で全員に発症、三日目には殆ど死亡。食べた量と食べた時間の関係はあるだろうけど恐らくそれが正解だろう。
マティウスならそこにはたどり着けるだろう。そうなると問題は何を食べたのか。なんだろう?最初の私とその次の私が食べて、忘れてたけどジョルジュは食べて無い物なんだよね。
彼は難を逃れてる。でも私はどっちの記憶にも食事の事は覚えてない。ジョルジュに聞くべきだろうか?何か特別な変わった食材かな。それなら覚えてそうだけど……
宿屋に到着し、また似たような部屋に通される。マティウスは食事もそこそこに部屋に籠もった。
私も昼間の事で疲れたしひとりで考えたかったので部屋へひっこんだ。ダリューンはマティウスの部屋前に不寝番だし、アリステアとテリウスは交代で休むのだろう。
部屋に戻りホコリまみれの体を拭き、ホッとする。ティーセットをもらい熱いお湯を注いて茶葉が蒸れるのを待っていた。最近テリウスにお茶の入れ方を教えてもらっていた。まだまだ下手だけど楽しくなっているのだ。
何かを学ぶのは楽しいといつの間にか忘れてたけど、異世界に来て勉強する事ばかりだ。リーナは殆ど何も知らずに亡くなった。もっと沢山の子供も亡くなっているのだろう。早くなんとかしてあげたい。
私がしんみりとしていたら突然、誰かが窓をコツコツ叩く音がした。
「へ?だ、誰?」
私は恐る恐る窓へ近づくとマティウスが逆さまで上から覗いていた。
「ギャッ……!」
悲鳴を上げようとしてマティウスの睨む顔にビビって口を押さえる。手振りで鍵を開けろと言ってきたので慌てて窓の鍵を開けた。マティウスは音も無く静かにふんわりくるりと中に着地する。
「凄い、今の魔術ですか?」
「今の動作のどこに魔術を使う余地があったのだ?」
早速眉間にシワを寄せ不機嫌そうな顔をしながら右手で左手首のブレスレットをさっと触れる。
「こんな狭い部屋に何のようですか?まさか……」
「良からぬ事を口にするな。ただ誰にも邪魔されずにお前の話が聞きたかっただけだ」
そう言うと椅子にどっかりと座った。なんだか今夜は子供っぽいね。
「はぁ……それでなんですか?」
私はちょうど入れたばかりのお茶をつぎマティウスに出すと側に立っていた。
「仕方ないから、そこにでも座りなさい」
マティウスは殊更嫌な顔をしてベットを指差す。
「へ?そこですか?私は未成年ですよ」
「わかっておる!場所がないだけだ。嫌なら立ってろ」
ちょっとからかっただけなのに、そんなに怒らなくてもいいでしょ。マティウスがそんな奴だとは思ってないよ。私はベットに腰を下ろすと、改めて何用か聞いた。
「お前と話すのに他の者がいない方が良い気がしたのだ」
「なんですか?改まって」
マティウスは一瞬迷ったように目を伏せ、再びこちらを見ると、
「私に隠していることがあるのは分かっている」
私はキタか……と思い黙った。
「言いたく無い事は言わなくても良いから話せる部分だけでも話さないか?」
これは提案か?随分と下手に出ている気がするのは気の所為ではないだろう。
「と、言いますと?」
「取り敢えず、流行病の事で知っている事を言って欲しい。時間が惜しい」
「……ですよね」
私は逡巡した挙げ句意を決した。




