44 マティウスの事情3
前方には荷馬車が今にも死にそうな老いた馬で走っている。こちらも馬車に馬が一頭だ。このままでは誰も助かるまい。
「ダリューン!馬を寄せろ!そちらに移る!」
私は馬に乗りダリューンとアリステアに合図し、そのままグズモットを遠ざける為、強力な魔力を練り上げ一気放出すると、氷の魔術で壁を作りだした。
誘導する為森の奥まで馬で走って行くとグズモットは思った通り街道から逸れていった。
私は魔術を切り上げると再び森を抜け街道を目指そうと反転した瞬間、グズモットを追いかけ誘導されて来た炎龍が炎を吹いた。
物凄い爆音で一瞬にして辺りは高温に包まれる。目の端にダリューンを確認するとそちらへ馬を向けながら再び氷の魔術を繰り出し私とダリューンを炎から守るべく力をふるった。
なんとか炎を逃れダリューンを馬に乗せ街道に戻った私が目にしたのは横倒しになった馬車と意識を失った皆の姿だった。
ダリューンが飛び降り生存者の確認、私はアリアを見つけるとすぐに癒やしをかける。テリウスが自力で起き上がり私の生存を確認し他の者を助けに行った。
まだ炎龍を視認出来る距離ではあるが遠ざかりつつあるのでそちらは心配無いだろう。
ちょうどその時、自領の騎士団の先行が到着した。グズモットの討伐に出陣したようだが炎龍に行き会いかけ様子を窺っていたようだ。私は身分を名乗り救助を要請、荷馬車の者たちもアデミンストへ行く途中だったようなので同行する事となった。
アデミンストにあるテンプルウッド家の屋敷に到着し、やっと落ち着いたかと思ったがすぐさま当主である父のベネディクト・テンプルウッド伯爵に呼び出された。
「何用ですか、父上」
「マティウス、無事なようだな。炎龍を撃退したそうだが」
「いえ、撃退は大袈裟です。ただ進行方向を変えただけですよ。奴はグズモットを追っていたようです」
「グズモット?なぜあのような小物を?」
「さぁ、大群でしたから気に障ったのかもしれませんね」
当たり障りのない話で様子を窺っているようだ。私が何か隠しているかを探っているのだな。だが、新月魔草の事はまだ知らせる段階では無い。
父は何事にも私が直接手を下す事を良しとしない。テンプルウッド家の跡取りがする行動では無いと医術師として働く私を嫌っていた。
父とは相容れぬ物があり、お互いに深く関わろうとはしないものの、こちらの情報は常に探っているようだ。鬱陶しいが仕方あるまい、私は気を取り直して自室へ帰った。
部屋ではテリウスがお茶の用意をしており緊張の連続だったが少し落ち着いた。
「マティウス様、ジョルジュ達は庭園の一角の例の所に寝泊まりさせる事で宜しいですか?」
「それでかまわん、様子はどうだ?」
「アリアの様子が変だとラルクが言っておりました。出来れば医術師にみせたいそうです」
癒やしを施したのである程度の怪我は完治したはずだが?
「私が行く」
「マティウス様、お願いですから休んで下さい。他の者を向かわせますから」
テリウスが口をはさむが私はそれを手で制した。
「かまわん、あの者達を無闇に外の者に接触させるわけいかん」
「そうですが……」
テリウスは納得のいかない顔をしているがそれ以上は何も言わなかった。
私はジョルジュ達がいる建物へ向った。
「アリアの様子は?」
部屋に入るなりそう聞く。だが部屋ではアリアはテーブルにつきカップに口を付け何かを飲んでいた。
「マティウス様、わざわざありがとうございます。あの……こちらへお願いいたします」
ジョルジュに案内されアリアから少し離れた所へ行く。
「マティウス様、アリアの無礼をお許し下さい」
ジョルジュは私が来たにも関わらず、キョトンとしたまま立つこともなく挨拶もないアリアの事を詫びた。
いつもであれば私が来れば挨拶し、何かと質問してきたりと五月蝿かったが今はラルクに促されやっと席を立つとそのままラルクの背にまわり陰から私をジッと見ていた。
「実はアリアは記憶が無いようです」
「記憶がないとはどういう事だ?どのような記憶が無くなっておるのだ?」
「ここ数週間の事は覚えてないようで、熱を出した所までしか記憶がありません」
「…………と言う事は」
「マティウス様の事やオルガに会いに行った事、炎龍の事も覚えてません」
私は内心の驚きを必死で抑えアリアに向き直る。アリアは少し怯えたように私を見るだけで駆け寄る事も質問する事も無かった。
アリアが怯えるので診察もろくに出来なかったが、その他の症状も無く要観察というところになった。
何故だかガックリと力が抜け、私は自室で休む事にした。記憶がなくなった?炎龍に対面したせいであろうか?それとも炎の衝撃のせいであろうか?ちょうど私と知り合った期間の部分だけ記憶を無くすなどありえるだろうか?
疑問は残るが私はこれまでの事を明日、カイリンに報告する事にした。カイリンは私の報告を今かいまかと待っていたようでアレコレと矢継ぎ早に質問してきた。
「では、マティウスは中毒症状ではないかと疑っているのか?」
「そうです。オルガは優秀な薬剤師でしたが話を聞いたところやはり伝染性に疑問が残るとの事でした」
「フム、直接病状を見た者が言うのであれば信憑性があるな」
「ですから、次に被害が出たら、」
「焼き払わないよう要請しておこう」
「宜しくお願いいたします」
それから私はアリアの事も相談した。
「子供にはショックだったのではないか?」
「そうですが、私とちょうど接触した期間のみを忘れるなんて」
「なんだ?気に入っていたのか?」
カイリンは片眉をあげると面白い物を見たというようにニヤリとした。
「なっ!そうではありません。なにを言い出すのです、相手は幼女ですよ」
「別に待てば良いではないか、お前が誰かを気にするなんて初めて聞いたぞ」
カイリンのからかうような顔が気に入らず私は早々に屋敷に戻った。どいつもこいつも全く。
当面は新月魔草の栽培に力を注ぐ事になるだろう。私はテンプルウッド家の古くからの庭師ラッセルを責任者にし秘密裏に動く事を命じた。植物の事には非常に造詣が深い彼は昔から私に色々な事を教えてくれた。彼はきっと役に立ってくれるに違いない。
アリアは全く今の状態に馴染まず泣いたり喚いたり駄々をこね家に帰りたいと訴えてくるそうだ。ジョルジュとラルクは困り果て交代で面倒を見ていたようだ。
ニ、三日後、オルガから新月魔草が送られてきてようやく研究を開始した。
ラッセルはガビーという若いが口が固く信頼出来る者も引き入れ作業を進める。
最初は植木鉢に数株づつ植えていき様子を見ていたようだ。結果が出るには時間がかかるだろう。
私は独自に自領内のその他の薬草や他の領地の薬草などを調べ、それに伴う毒物の種類、性質、どのような毒にどの解毒剤が効くのかなど片っ端から調べたり取り寄せたりしていた。そんな中、ガビーが秘密裏に進めていたはずの資料を見られたと報告してきた。
彼の迂闊さに苛ついたがダリューンを向かわせ、念の為他の貴族と関わりが無いかどうか探らせた。程なくしてダリューンは帰ると報告してきた。
「マティウス様、少女です」
「少女?子供か」
「はい、炎龍とやりあった時に荷馬車にいた者のようです」
「ここに来ていたのか?」
「はい、ラッセルが面倒を見ていたようです。彼は大丈夫だと言ってました」
「ラッセルが?であれば任せるか。だが外には出すな、無論新月魔草にも近づけるな」
「かしこまりました」
少し気になるが放っておこう。




