43 マティウスの事情2
オルガと別れ帰路についた。もうすぐアリアの住むキルクに着くという時ダリューンがニヤリとする。
「アリアに会うのも久しぶりで楽しみですな、マティウスさま」
チッ!コイツは……ダリューンは幼少より顔を見知っており数年前に護衛に着いた。最初は護衛が鬱陶しく感じ、無断でひとりで街に出たものだがダリューンは中々腕が立ち、最終的には居場所を突き止めて来た。
しかし、私のひとり歩きを他の者のように咎めず父へ報告もしなかった。そうやってダリューンを少しづつ信頼し今では無くてはならぬ存在だが、どうにもクセが強い所がある。
「五月蝿いぞ、別に楽しみではない。約束しないと素直に帰りそうになかったから、それでだな……」
「まぁまぁ、良いじゃないですか。私はアリアを気に入っておりますよ」
実に鬱陶しい。だがまぁ、約束は約束だ。
町に到着しアリステアが早速アリアの家に向かったが、そこはもぬけの殻だった。宿屋の主によると前日に首都アデミンストへ向かったとの事だった。
予想外ではあったが、ダリューンが何故だか嬉しそうに早く追いつきましょうと急かしてきた。護衛も雇わず旅立ったのなら確かに追いつき共にアデミンストに向かった方が安全であろう。私達は翌朝早くに立ち、急ぎ馬車を走らせたが結果それが功を奏した。
アリア達に追い着くように急がせる中、私はダリューンと馬車の中にニ人でアリアについて話していた。
「ダリューンはアリアをどう思う?」
「……マティウス様、やっとですか。いや、一時はもしや男色かと……」
「は?何を言っておる!アリアが変だという話だ!」
「チッ、失礼致しました。……ま、変ですな」
護衛が主の前で舌打ちとはどういう事なんだと思うが、公式の場ではちゃんとしているので気にするまい。
「なんだか知識の偏りを感じます、見ためは幼女ですが時折振る舞いが平民ながら大人のようです」
「だな、学ぶ姿勢が慣れていて答えも簡潔で早い。文字が読めぬと言いながら一度教えれば殆ど頭に入っている」
覚えが良く頭がいいだけでは無い不思議な感覚はダリューンにも伝わっていたようだ。
「今日中には追いつくかもしれません。アチラは大量の荷物があるでしょうから」
アリステアが昼休憩後、テリウスと交代で馬車を操り走らせる。
私はダリューンと今後のジョルジュ一家の扱いと、父への報告の内容について話していた。
「ジョルジュ一家は取り込む形になるであろうな。新月魔草の事も知っているし、家を引き払ったのならあてに出来るかもしれん」
「その通りですね、マティウス様。こちらのの思うツボですね」
「悪事のようにいうな、笑顔が黒いぞ」
ダリューンが悪巧みの顔で頷いていたその時、外から何か叫び声が聞こえた気がした。
「アリア!」
アリステアが叫び、馬車をテリウスに任せると飛び降りた。それを聞きダリューンがドアを開け確認する。
「アリアです!マティウス様、様子がおかしい!」
そう言ってダリューンもすぐに飛び降りた。私は馬車を引き返すようテリウスに告げダリューンに続いた。
二人が駆け寄った所に行くとアリアがとんでもない姿でそこにいた。
「マティウス様助けて下さい!」
切羽詰まった様子で震えながら助けを求めて縋ってきたその手をあとから来たテリウスが払った。
「無礼な!」
そう言われたアリアは跪き父親と兄の助けを泣きながら求めた。テリウスは平民嫌いで時折キツくアリア達にあたっていた事は知っていたが、殆どの貴族の態度はその様なものでここでそれを咎めるのは無理だった。
私がアリアの手を取りどこへ行けばいいか聞くと街道の横道を指差し素早くアリステアが走った。泥や血にまみれたアリアをダリューンが抱きかかえ私もテリウスに馬車を頼み先を急いだ。
そこには焦ってアリステアに詫びる少年と血まみれの親子の姿があり一刻を争うことが分かった。
二人の横をすり抜けジョルジュの傷を診ようと服を剥ぎ取ると明らかに刀傷を負った姿が現れた。隣のウォルフも相当痛めつけられた様子だ。悲鳴をあげるアリアをダリューンが連れて行き私は治療にあたった。
癒しの魔術によって取り敢えず危機は脱したがジョルジュは血を流し過ぎていた。増血作用のある薬を飲ませ他にも数種類の薬を施し、ウォルフにうつった。
こちらは骨折、打撲傷は酷かったが出血はそれほどでは無く癒しの魔術で殆どの治療を終えた。魔術を使っても事によっては完全に体が戻るわけでは無くやはり薬や療養は必要だ。
私はテリウスにここで野営する準備を整えるよう命じ、ジョルジュ一家の用意も一緒にするよう言った。
テリウスは現状に少しショックを受けたようだった。今迄は殆ど接することの無かった平民達のあまりにも酷い有様に何やら思う事があったようだ。いくら貴族の身分が上でも人としての感情があるからには限度がある。どう見てもこれは悪質だ。身分差があろうがやり方が酷すぎる。
私は日頃から貴族の傲慢さに腹立たしく思う事があったが、それもカイリンの影響だろう。カイリンと共に行動する事によって少しづつ考えが変わっていった気がする。それまでは平民の事など考えたことも無かった。
アリアとラルクが寄り添って座っている所に行き彼らにも癒やしをかけた。
「あ、ありがとう、ございます」
泣きすぎてしゃっくりの止まらんアリアが少し可愛く思えたのは気のせいであろう。
夜になり少し落ち着いて話を聞こうと二人の元へ行った。貴族絡みである事は明白だが詳しく聞きたかったのだ。口が重く中々話さない二人に取り敢えず今後の事を聞こうとすると、突然アリアが必死に頼んできた。
「マティウス様お願いです。私を働かせて下さい、愛人でもなんでもやります!」
そう叫ばれ、私は一瞬頭の中が真っ白になり目眩がし、後にこれがダリューンの企みだと気付いた。なぜ私がこんな幼女を愛人にせねばならんのか全く理解不能だった。なんとか冷静さを取り戻し彼らに新月魔草の栽培の話を持ちかけ、後にジョルジュが目覚めた時了承された。
その後のアデミンストへの移動中にアリアにオルガと話し合った結果を告げるとまたもや子供とは思えぬ発言をした。
一度罹ると二度目は罹らない病の事や、罹患が早すぎることを中毒症状だと言ったり大人や医術に関わるものならわかるが幼女の言葉とは思えぬ事をさも当たり前のように話す。
いちいち問い正すと話さなくなるので近頃は自由にさせ話を引き出すようにし、様子を見ている。
アリアに対する不信感というか不思議な感じは日に日に増す。ある日など聞いた事もない歌を歌いながら洗濯物を干していた。それは美しい歌詞と旋律で不思議な世界観のものだった。後に家族にどこで覚えた歌か聞いたが誰も知らなかった。
アリアへの違和感は残るものの先を急いだ。昼食を取ろうかと馬車を停めていたその時、アリステアが安全の確認の為見まわっていた森から飛び出して来た。
「マティウス様、馬車へ!」
その声のすぐ後、森の中からグズモットの大群が押し寄せた。
「ギャー気持ち悪い!怖い怖い!助けて!」
アリアが怖がり私にしがみつくとよじ登り始めた。それをテリウスに預け馬車へ入るように指示した。グズモットはどんどんやって来くるが我々を襲うでも、馬車を襲うでもなく洪水のように駆け抜けていく。これは……
「ダリューン、馬車へ!何か大きい魔物に追われているかも知れ……!」
言い終わらないうちに森の奥から爆音が響く。慌てて馬車へ逃げ込みすぐに立つ。街道に出てそのまま疾駆し、後ろを振り返ると絶望を具現化したような赤黒い鱗をうねらせた炎龍の姿が見えた。




