42 マティウスの事情1
私はマティウス、テンプルウッド家の長子だ。いわゆる伯爵家の跡取りとされ、この立場の為に幼少より厳しく育てられた。父は貴族の中でも発言力があり、より上位の爵位を持つものからも一目置かれる立場だ。
私がいつも我慢がならなかったのが周りに合わせるという事だった。子供ばかりが集められ、本格的な社交の前段階の集まりが開催される事があった。
バカな子供の相手をしなければならないのが苦痛で、出来るだけ誰とも話さず目立たないように振る舞っていたが十二,三才頃から周りの大人や、どこの誰とも知れん令嬢達に囲まれる様になり、食事に誘われたり手紙を渡されたりと鬱陶しい事が続いた。
最初は丁寧に断り、出来るだけ避けてきたがいい加減ウンザリし、十五才になる頃には公式の場には出なくなった。
その頃いまの師であるカイリン・アルバレス子爵に出会った。
カイリンは子爵でありながら優秀な領主直属の医術師のひとりである。女性の身でありながらどのような場所や身分に関わらず病に伏した者に治療法を施すため平民にも名が知れ名医だと言われていた。
だが一方で時に貴族よりも平民を優先する事があり貴族の間では変わり者だと避けるものもいた。
ある日カイリンが私の屋敷を突然訪ねてきた。
「マティウス、流行病の出た村へ行ってくれないか?」
「最近噂の辺境によく出るあれですか?」
「そうだ。民間の薬師や下位の医術師を派遣していたが埒が明かない。お前が行ってくれ」
相変わらず男のような口調で言葉も崩れているが爵位も低く女の身でここ迄の地位に登るのは容易ではないらしい。
「わかりました。気をつける事は?」
「噂ではかなりの感染力で平民の村は殆どが全滅しているらしい」
「全滅ですか?回復した者がいないのですか?」
「そうらしい。その感染力を恐れ領主が村の焼討を下達した」
「本当ですか!まだ感染源や治療法を見つけていないのにですか?」
「そうだ、だからお前には一人でも多く治療し情報を集めて欲しいのだ」
カイリンの顔に珍しく焦りの色が見える。彼女はそれだけ言うとまたすぐに仕事に戻った。
私は他の医術師たちと共に流行病の村へと向かったが到着した時には殆どの者が虫の息で手の施しようがなかった。強烈な感染力を見せつけられ護衛の者達の手によって村と村人の遺体は焼かれ私には無力感しか残らなかった。
首都アデミンストに戻るとカイリンにすぐ面談したが報告する事はほとんど無かった。暫くしてまた流行病の村に向かったが結果は同じで無力感は増すばかりだった。
繰り返される派遣で皆疲労困憊し離脱していく者も出てきた。何度目かの派遣された村で今までとは少し違う症状の者が出てきた。
それは少女で、私が村についたときには既に重症であったにも関わらずそこから四日の間生きていた。ほとんどの者がニ日の内に亡くなる事を鑑みても異例だ。私は少女にあらゆる治療を施し癒しの魔術を与え延命を試みた。
少女はリーナと言い両親と三人でこの村に暮らしていたという。リーナは両親が既に亡くなっている事を理解しており泣きながら両親を呼ぶ声は私の心を締めつけた。
結局、リーナの苦しみを長らえただけであったのに彼女は最期に私に礼を告げこの世を去った。焼き払われる村とリーナを見つめながら自分の不甲斐なさを感じた。
疲れた身体で帰路につき途中の小さな町に一泊する事になった。側仕えや護衛の者達が荷物を運び出すなか、私にしては珍しくグズグズと馬車に残り動くのを躊躇していた。それがマズかったのか馬車からやっと出た所で妙な子供に会ってしまった。
子供は嫌いだ。まして今は疲れている。私は踵を返すとそのまま宿に入ろうと歩き出したが、まさか平民の子供に引き留められるとは思わなかった。
それは少女でリーナと同じ位の年格好だった。無視しても良かったが話を聞くことにした。
少女は見かけとは違い丁寧な言葉でリーナの村の事を聞いてきた。この町に流行病の影響が及ぶのか気になったのであろう、村は焼き払われ清められたと答えるとフラリと倒れた。驚き駆け寄ると熱から回復したばかりだと知り癒しの魔術を施した。
少女は驚いたが回復したようなので立ち去ろうとするとまたも呼び止められた。鬱陶しくもあったが何か聞くと、老婆の無事を確認してきた。生き残りはいないと告げ今度こそその場を去った。
夕食時、食欲は無かったが倒れるわけにもいかず最低限のものだけ口に入れ今回の村の報告をまとめていた。テリウスがお茶を入れ戻って来た時、聞きたい事があると宿屋の主が面会を求めて来たと言う。
宿の主は今回の流行病が発生した報告の三日ほど前に村に行っていた娘がいて熱を出していたが放置して大丈夫なのかと言うものだった。よくよく聞くとそれはさっき私が話した娘で、商人の娘だと言う。
そんな偶然は信じられない。村から帰ってすぐに高熱を出したなら流行病に罹った可能性が高い。しかも生き延びているとは。
私はすぐにでもその者に会いに行こうとしたがダリューン達に止められた為、次の朝を待った。
朝になりダリューン達が他の者に報告したり先触れを出すと言うのがもどかしかった私はひとりで商人の家に向かった。
そこには昨日の少女がいて話を聞くとやはりリーナの村に行って熱を出し回復したことが分かった。初めての生き残りの存在に私はかけてみる事にした。
もう一度村へ連れて行き原因を探るキッカケを探そうと思ったのだ。約束を取り付け宿に帰ろうとしたその時、少女は私にリーナの看取ったことに対して礼を言った。何故この者が知っているのか、驚いて息を呑んだ。
いよいよ出発の日、側仕えのテリウスは平民との馬車の相乗りをかなり警戒していた。護衛のダリューンは直接確かめたが子供だし大丈夫だろうと判断したようだ。
「馬車は一台ですか?!」
約束通り落ち合い出発の寸前で馬車を相乗りと聞いて彼らは遠い目をしていたがいよいよ出発だ。
二人はアリアとウォルフという兄弟だ。仲が良いらしくコソコソと二人で話している姿をよく見た。私の兄弟関係とは大違いだ。私には弟が二人いる。二人とも騎士団に入団するべく学院の騎士コースに行きその後寄宿舎へ行っており、今はほとんど交流は無い。
このアリアと言うのがとんでもない奴で厚かましくズケズケとした物言いで年齢に不釣り合いな賢さを持っているのかと思えば、字もろくに覚えておらず大変手が掛かる幼女だった。
「マティウス様、これなんて読むのですか?」
「これは……」
「じゃあこれは?」
こんな具合に聞いて来たかと思えば、何故か焼き払われた村では、間違い無く私がリーナを看取った場所で涙するという、信じられない事があったりした。
アリアのお陰でオルガからの助力も取り付けられたがどうにも腑に落ちない言動が多かった。オルガを説得するにあっても機転を利かせ、新月魔草を手に入れた割には価値には疎く、なんともチグハグでおかしな幼女だったがいよいよ別れとなり駄々を捏ねれられた時はこちらも寂しく……いやウンザリしたが後日の連絡を約束し、大人しく帰って行った。
その後オルガと新月魔草について話し合い、流行病の症状等、私の持っている情報とすり合わせた結果、これは伝染性に疑いがあるとなった。
オルガには屋敷で研究をするよう要請したにも関わらず固辞され、ここに残りひとりで研究を続け、その結果を知らせるという事になった。
兵士を配備する手配をし、新月魔草のある洞窟の管理をオルガに任せ、やっとの事で帰路についた。




