41 調査再び
数日たったある日マティウスが調査の旅に出ると言い出した。例の焼き払われる前の村へ行く準備が整ったのだろう。
「いつ立つのですか?お戻りは?」
マティウスは当然という顔だ。
「明日だ、お前も行く」
それだけ言い本日の仕事は終わりとばかりに部屋を出た。
「待ってくだ……」
行っちゃったよ、突然過ぎるだろ。って突っ込みたいが出来る訳もなく、とにかく部屋に戻ろう。
教室を出ると久しぶりにラッセルがいた。
「ラッセルさん、どこに行ってたんですか?最近見かけませんでしたけど?」
「そうだね、この頃は別館の作業が多かったから」
「ここから遠いんですか?」
「いやそんなに、馬車で1日足らずだよ。ガビーはもうそこに移動になったし」
「そうだったんですね」
私は村に調査に行く事を話しラッセルに何か知らないか聞いてみる。
「そこは1年ちょっと前に出たと噂に聞いたよ。割と近かったから皆怖がってたけどそれ以上は広がる事がなかった、後は遠方の村ばかりだったからね」
やっぱりそこに行くのかな。
「またご自分で行かれるんだね」
「やっぱり自分で動くのは他の貴族様と違うんですね」
「大まかは部下に任せて最終確認だけするって感じだろうね、普通は。
だけどマティウス様は優秀だから結果に満足出来ないことが多くて結局ご自分で行く方が早いんだろ」
なるほど、優秀故の苦悩ってとこね。私には縁のない事で。
「今ね、別館の栽培場所が出来つつあるんだけど、マティウス様の指示で他の薬草も試してるんだよ」
「おお、いいですね。葉物は大体イケるんじゃないでしょうか?」
「そうかい?いま解熱と解毒に使う薬草を作ってる」
「上手く行くといいですね」
私はラッセルと別れ部屋に戻ろうと秘密基地のドアを開けた。
寒い!春という季節とはいえまだ寒い。明日からの調査に行くのはいいけど、外はまだ寒そうだ。また熱が出るかも。
震えながら部屋に入るとテーブルの上に荷物があり、メモが添えてあった。
ー明日はこれを着て準備しておくようにー
なんだ?包を開けると今着ている下働き用のお仕着せでは無く、高そうなワンピースだった。えっと……これ着るの?
凄く肌触りは良いし、デザインも襟にレースが使われ胸元もふんわりとヒダをとった可愛らしい物で膝丈のスカート、とても調査に行く感じではないし、汚しそうでこの服では出掛けたくない。下着の着替えとコートと手袋もあり、確かに暖かそうだがでもこれ、私に似合うの?自分の貧相な体型と働く手を見つめる。誰だこれ選んだの。
次の朝、私は言われた通り与えられたワンピースを着てコートと手袋を持ち教室に向かった。一応髪を整え鏡を見たがあまり似合ってない気がする。顔が貧相だよ。いや、エマの顔は可愛いけど、服が上等過ぎて浮いてる。見慣れてないからかな。
これ以上気にしても仕方ないと諦めてドアを開け中に入る。そこでは出発の最終確認中だった。
「おはようございます」
私はなんだか恥ずかしくて俯き加減で挨拶する。マティウスはチラッと見て軽く頷くと作業を続けた。どうやら合格らしい、まぁ服はいいからね。
「エマ、馬子にも衣装だな。似合ってる」
「それは褒め言葉じゃないですね」
まぁまぁと言ってダリューンが和ませてくれる。すぐに出発するようで、私は初めて貴族様側のドアから出た。
そこは廊下からして豪華で、装飾された壁や大きく取られた窓枠に、ガラスは磨き抜かれ床はチリひとつなく嫌でも緊張感が押し寄せる。ふかふかの絨毯に躓きそうになりながら後をついて歩くと馬車が用意された裏門っぽい所にでた。
さっと乗り込み静かに出発だ。隠密行動って感じでアリステアが御者でマティウス、ダリューン、テリウスと4人で馬車の中に座りこれから流行り病で焼き払われる前の村に向かう。
「マティウス様、ちょっと宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「確か、村が焼き払われ出したのは昨年からですよね?」
「そうだ、いつから今回の流行病が始まったのか正確にはわからん。小規模の物は数年毎に起こる現象だからな、だが今回のように村が次々全滅するのは珍しいからな」
「全滅か……」
わかってはいるつもりだがやっぱり気が重くなる。人が沢山死ぬなんて、転生前の世界では事故や病気以外では戦争だろうか?時々パンデミックとか聞いた事はあったけど私がいた所では対岸の火事って感じで、怖いねとニュースを見て話す位だ。本当に自分の身に降りかかるとは思ってなかった。
「農村が多いのですよね?」
「そうだ、特に昨年は農業を中心とした農村ばかりだ」
「マティウス様は伝染病じゃないって思ってるんですよね」
「……そうだ」
躊躇いがちにマティウスは言う。隣りに座っているダリューンがさっきまでのちょっと緩んだ顔から真面目な顔になり私をジッと見る。へ?
「何ですか?何かおかしいですか?」
「いや、続けてくれ」
「はぁ……それで、村が全滅するのが早すぎるって言ってましたよね?」
「そうだ、ハッキリとはしないが恐らく発症してから二日ほどであろう」
「それは毒物を疑うでしょうねぇ」
「あぁ……」
私はマティウスが黙ってこちらを見ているのに気がついて口をつぐむ。なんかミスった?
沈黙のまま馬車は進み本日の宿に着いた。明日は昼前に現場に着くように早朝の出発だ。食事を済ませるとひとりで部屋に戻った。
貴族様が泊まる宿だけあっていいところだが、私の部屋はお付きの人用なので狭くてベットと小机一つ椅子一つだ。タライにお湯を用意してもらって体を拭う。お風呂入りたいなぁ……
スッキリしてベッドに横たわると明日の事を考える。焼き払われていない被害のあった村に行くのか。全滅した村ってそのまま放置なのかな?立ち入り禁止とかになってないのかな?皆は伝染るって思っているから近寄らないか。でも毒だとしてどうやって摂取したかだよね。盛られたわけじゃないよね、そうゆうのとは無縁ぽいただの農村ばかりのようだし。だったら事故ってこと?
翌朝予定通りに出発し昼前に村に到着した。ある程度予想はしていたがゴーストタウンさながら朽ちかけの家が点在した村の様子に気分は落ち込む。
勿論、人気はなくて荒れ放題の畑の跡地には小さな穴が幾つもあって魔物に荒らされた感じだ。
マティウスは一軒一軒順番に家に入って行く。私も中を覗いてみたが放置された家の中は薄暗く不気味で寒気がする、嫌な感じだ。私は中に入らず外から様子を窺うに留めた。
次々と家の中に入っては何やら調べて行くマティウスから離れ、村の奥にある少し大きな建物に近づく。ここはまだましそうだ。
「エマ、ひとりで先に行くな」
アリステアが声をかけてきて「はぁーい」と返事だけしながら中に入る。そこは長机が隅っこに積み上げられ部屋のアチコチにホコリにまみれた毛布や布きれ、壊れた桶の残骸などが残され、ここに沢山の病人が運び込まれていた様子が窺える。
ホコリの匂いの中に獣臭のような匂い、時折吹く風にカタカタとガラスの割れた窓が鳴る。予想していたよりずっと生々しい感じが残っていて息苦しくなってきた。外に出ようとしたその瞬間、私は突然自分がリーナだった時のことを思い出し目眩がした。
頭の中に沢山の人が苦しむ声が響き怒号が聞こえる。
……お前の親が何かいれたのか!……
違う!そんな事しない!
……みんな死んだぞ、お前達のせいだ!……
違う!違う!
私は耳を押えて座り込む。嘔吐を繰り返す人々、子供を抱きかかえ泣き喚く母親、両親に詰め寄る血走った目の男達、色々な光景が頭の中を埋め尽くしグラグラと部屋が揺れる感じがして頭がガンガン痛む。涙が溢れ足に力が入らず崩れるように座り込みその場に嘔吐する。
何だこれ私の記憶?こんなの知らない。怖い、誰か……助けて……
「エマ!」
急に名前を呼ばれ我に返った。私はマティウスに抱き起されて、ダリューン達も心配そうに覗き込んでいる。
「何があった。まさか毒物が残っていたのか?」
「わ、わかりません、何も触ってませんし。でもなんか急に気分が……」
突然のフラッシュバックのような記憶の混乱で気持ちが悪い。震えは止まらないし吐き気も治まらない。だけど調査は始まったばかりだし、邪魔はしたくない。
「あの、しばらく休めば大丈夫だと思います」
私は訝しむマティウスにそう告げるとなんとか立ち上がり少し離れた場所でひとり休む事にした。




