37 お引越し
「だから?」
「開拓にあたっている貴族様の利益はなんですか?」
「それは開拓した土地はその者の管理下なるので土地が富めば税収入が見込める。土地を平民に貸し出す事によりまた利益を産むことも出来る」
「貴族様だって利益の為にやってるのに平民が開拓時の賃金だけなんてやる気になりません」
平民は貴族の命令に逆らえず、言われた事をやるのが当たり前で、しかも賃金を与えられて良かっただろうってくらいの感覚なのだ。
「平民をなめ過ぎ、いや軽く見過ぎです」
「どういう事なんだ?」
「もっと意欲的に働かさなきゃ駄目ですよ」
「意欲的?どうやって?」
「土地を与えるんですよ。開拓した土地はその人の物にするんです。貴族様は税収入で我慢してもらいます。っていうかその方が開拓が進むから早く税収入が上がりますよ」
何を言っているのかわからないって顔だ。貴族様には命令を下すにあたり平民の利益は考えにないらしい。
「わからないなら仕方ないですけど、新月魔草だってこれから拡大していくなら沢山の平民の力がいります。扱いには要注意ですね」
「命令に従わないという事か?」
「命令には従いますよ。表面的には」
「裏切るという事か、だが魔術契約で強制的に言う事を聞かせられるが?」
「なんですかそれ、怖い!」
マティウスはテリウスに一枚の紙を持って来させるとそこにサラサラと何やら書き込み出来上がりを見せてくる。そこには要約すると、ここで見た新月魔草の栽培にあたる一部始終及びこれから関わる一切をテンプルウッド家の許可無く他者に一切の発言を許さない、というものだった。これを魔術によって拘束し違反すると時には命が失われるらしい。
「これはジョルジュ一家全員にもサインさせている。ジョルジュ一家は良く働くが?」
「彼らには店を持つという目標があり、マティウス様と繋がりが出来、さらにそれが今後の商売に繋がる算段があります」
「それが賃金以外の利益になっているということか?」
「そうです、無一文でここに来てもうすぐ街に家を持つのですよね。商売人にとって貴族との繋がりが特権にあたるなら裏切りません。利益を産み続ける限り離れません」
なかなか納得出来ないようだが考え込んでいるので、私はもう何も言わず本に戻った。するとダリューンがさっきの契約書を指さしサインをさせられた。サインの横に血判するとさっさと持って行かれた。あぁ、私の命が……
それから数日後、アリアが楽しそうに家が決まったと報告してくれた。
「東門の近くなの。ウォルフの部所も東門だからすぐに会えるんだよ。エマも早く準備してね」
「準備?」
「そうだよ、エマも行くんでしょ?みんなで住むって父さんが言ってたよ」
アリアの言葉にラルクが驚いた。
「アリア、みんなって家族全員ってことだぞ」
「え?エマは?」
「エマはここに残るんだよ」
アリアは驚き私を見る。
「えー!エマはラルクと結婚するんじゃないの?お姉ちゃんになるんじゃないの?!」
そう叫び、その言葉にラルクが顔を真っ赤にした。
「な、な、な、何言ってるんだ!アリア!」
「だって、父さんとラッセルさんがそうなるって言ってた」
ラルクは振り返りジョルジュを見る。ジョルジュはまぁまぁ今すぐの話じゃないからと微笑ましいものを見るように私達を見る。ラルクは慌てふためき、アリアは半泣きで一緒に住むと駄々をこねた。
なんか勝手に嫁入りが決められてるけど、行かないよ街にも嫁にも、ここで監禁だから。
私はどっちも無理だよとアリアを慰め、無責任にけしかけるラッセルを睨むとここから出られないと説明する。
「ここで勉強して、マティウス様のお役に立たなくちゃいけないから」
「貴族様と暮らすのは大変だな。エマは賢いから離してくださらないかもな」
ジョルジュが少し困ったように私を見る。ジョルジュにしてみればアリアも懐いているし、年令的にもちょうど良く結婚適齢期に入る三年後位には仕事も目処が立ってラルクの相手に良いと思っていたようだ。
前に出かけた時も楽しそうに帰って来たし、仕事の内容も契約で縛られていて秘密が多い、お互いにわかっていて気が置けない仲がちょうど良いと思っていたのだろう。
みんな気が早いよ。私はまだ十二才だし、あ、もう十三才か、ここはいわゆる数え年だもんね。
もうすぐ『歳送り』と言って新年の始まりだ。誕生日というものも無く季節生まれで分ける。エマは春生まれだ。
新年早々ジョルジュ一家はここを出て与えられた一軒家でテンプルウッド家の支援を得ながら商売を始めるらしい。この街や人の動向、他領の商人の動きなど貴族様には出来ないスパイ活動、市場調査も含まれる。
次の日、私はアリア達に何か送別会的なことご出来ないかと考えた。贈り物は無理だ、先立つ物が無いから……あ、そうだ。
いつも通り貴族様ドアをあけ教室に入る。そう、ここはもう教室でしょ。勉強ばっかり。そこにはアリステアとテリウスがいた。
「カーン様」
『なんだ?』
二人とも返事をする。あ、同じだった。
「えっと、アリステア・カーン様」
「アリステアで良い、面倒だ。どうせお前はマティウス様もいつの間にか名前で呼んでいるからな」
「あっ!ホントだ!申し訳ありません」
「マティウス様が何も言わないからかまわんのだろ。それよりなんだ?」
アリステアは面倒臭そうに手を振り話を促す。横でテリウスが舌打ちしていたのでちょっと避けておく。
「あのぉ、水耕栽培が成功しそうなのでちょっとご褒美が欲しいです」
「褒美?自ら頼むとは厚かましいな」
アリステアは笑って面白がる。
「えへへ、ジョルジュさんたちがここを出て行くので何か美味しい物を作って送り出そうかと思いまして。でも材料費が無くて」
「あぁ、そういう事か。何が欲しいのだ?」
「小麦粉と砂糖と卵とハチミツとバターと出来ればクリームを」
「ずいぶん高価な頼み事だな。マティウス様に聞いてみるよ」
「宜しくお願いします」
アリステアは早速出て行く。相変わらず仕事早いねと思ったがまずい、テリウスと二人きりになっちゃった。私は静かにテーブルに付き本を読み始めた。
「何を作るのだ?」
話しかけられて驚き顔を上げるとテリウスが怖い顔でコッチを見てる。
「あ、あの……」
「さっきの材料で何を作るのかと聞いている」
「あぁ、頂ける量にもよりますが、パンケーキを」
「ぱんけーき?何だそれは?」
やっぱりお砂糖が高価なのかパンケーキなんて無いらしい。前に何度かオヤツ貰ったけど硬いプレッツェル的なものだけだったもんね。
「えっと、フワッとした甘いお菓子です」
「お菓子を作ることが出来るのか?」
「多分、道具も探さないといけませんが」
「何がいるのだ?」
テリウスは料理に興味があるのかやたら喰い付いてきた。私はボウル、泡立て器、フライ返しの説明をし代わりになる物を頼んでみた。
テリウスはジッと考え込みメモを取り始めた。薄々気付いてたけど料理好きなんだな。オルガの所にいたときもずっと一人で料理してたしね。
材料が来なければ始まらないので勉強しようと私はまた本を読んでいた。気が付くとマティウスが来ていて、次は計算の勉強だと足し引きを教えられる。
「あの、計算は出来るのでいいです」
「出来るのか、どこまで出来る?」
「普通の足し引き掛け割るは大丈夫です」
「なに?ではこれをやってみろ」
本来計算は得意ではないがここで出される問題は単純なので大丈夫だ。私は問題を解いていった。
「ほう、あってるな。ふむ、これの検算を行なってくれ」
「はうっ、多いじゃないですか、私、計算嫌いなんですけど」
「欲しい物があるのだろう?」
マティウスは悪い顔をして書類をグッと押し付けてきた。くっそー、誰か計算機を!




