36 保護
段々と寒さも増し、冬が深まっていった。秘密基地によるコップ研究室もコップからの卒業を間近にむかえ、少しずつコップから小さいプランターに広げている。水の循環装置作りにちょっと時間がかかっており、今は手作業で水の入れ替えが可能な大きさが限界だ。排水口を取り付けバケツで受けプランターに取り付けたタンクに戻す作業を定期的に行う。
本当にこれで良いのか分からないがとりあえず新月魔草は成長しているので良いだろう。冬の間に少しづつ数を増やし、なんとか夏迄に薬湯が用意出来るようにしたいとマティウスは思っているようだ。
新月魔草の生態もラッセル達の手によって少しずつ研究されている。やはり新月の光しか受け付けないのか?月明かりなら何時でも良いのか?等々あとは専門家にお任せだ。ラッセルとガビーなら良い環境を探り当てるだろう。
ジョルジュとラルクは最近秘密基地には来ない。水耕栽培システムの拡大の為、場所探し、材料と人員の確保など商人としての経験が活かせる現場に働く部所を移行しつつあるようだ。ここまでくればジョルジュ一家が路頭に迷う事は無いだろうとひと安心だ。まだ引っ越しはしてないが家を探し始めているらしく、アリアが楽しそうに話していた。
「今度は街に出るのに許可は取らなくて良いんだって。ウォルフにも何時でも会えるようになるの」
「そうなの、良かったね。アリアが頑張ってお手伝い出来るようになったからだね」
「そうなの、お勉強も頑張ってるんだよ」
アリアは掃除、洗濯も一人で出来るようになりこの世界の普通の平民の子供が出来るレベルまできているらしい。みんな早くに働き出すので、そろそろ家の手伝いをしつつ見習いが始まる年なのだ。
「なんの仕事がしたいの?」
「お父さんと同じ仕事」
「商人かぁ、頑張らないとね」
「エマは栽培のお仕事でしょ?」
「へ?そ、そうだね」
私の仕事か……このままここで働けるだろうか?徐々に怪しまれてるし、私もごまかす頭がない。分からないで通せるのも限界があるだろうが本当に逃げなきゃ駄目なのかな?貴族から逃げて生きていけるのかな?
秘密基地に行くとラッセルがガビーと話していた。
「あの、今日の仕事は?」
尋ねる私に二人は不思議そうな顔をする。
「もうここにお前の仕事はないぞ」
「オレに任せろって言ったろ」
ええ!任せるってそういう事なの?驚きを隠せないでいると「早く貴族様の所へ行け」と言われてしまった。へ?
「なぜですか?」
「いつも呼ばれてるじゃないか」
確かにいつもここで掃除などをしていると、直ぐに部屋に呼ばれる。そして薬草の勉強をし、本を渡され読み書きの勉強だ。楽しかったので疑問に思わなかったが確かに途中でいなくなる私に仕事は任せられないだろう。
「エマ、早く来い」
そうこうしている内にダリューンに呼ばれる。
「はい」
「明日からは呼ばれなくても入って来い。面倒だ」
「はぁ……」
「何だよ、元気がないじゃないか」
ダリューンが聞いてくる。
「私ってどういう立場なのかなと思いまして」
「どうって?」
「ここに来て勉強してばっかりです。仕事はしなくて良いのですか?」
「まぁ、それは追々」
「追々ってなんですか?」
「詳細はマティウス様に聞いてくれよ」
ダリューンにそう言われ、私はマティウスが来るまで本を読んでいたが頭に入らなかった。
すぐにマティウスが来るといつも通り私の向かいに座り控えていたテリウスが書類を目の前に置く。
「おはようございます。マティウス様、私はなぜここで勉強ばかりしているのでしょうか?」
「なぜそんな事を?」
いきなりの質問にマティウスは一瞬動きを止めてこちらを見る。
「仕事はしなくて良いのですか?」
「学ぶ事が先だ。今、お前に出来る仕事は誰でも出来る」
「栽培方法がわかったから私はここでは無用なのでしょうか?」
「なんだか人聞きが悪いが、まぁ間違いでは無い」
「もう用無しなんですね」
「少し違う」
「何が違うのですか?」
マティウスは私の読んでいる本を指でそっと触れる。
「この本は貴重だと教えたな」
「はい」
「そして内容は高等だ。これが読めて理解出来るという事は」
「という事は?」
「孤児院育ちとは考えられない」
「へ?」
何が起っているの?えっと、地雷踏んだの?
「でも、私は孤児院から来ました。連れてこられたんですよ」
「あぁ、そうだな。だが腑に落ちん」
私はゴクリとツバを飲み込む。逃げ出したいよぉ……
「平民で、その年で、孤児院育ちのはずのエマと其方とではあまりにも人物像が違い過ぎる」
一気に追い込まれ、逃げられない。流石貴族様の中でも優秀と言われるお人ですね。いやいや、感心している場合では無い、が、頭が考える事を既に放棄している。だって私は凡人ですから。
「まるで不審人物ですね。でも私は孤児院から来たエマですよ。調べればわかりますよね」
「もう調べた」
ですよね。私は顔を引きつらせながら頑張ってみる。
「だったら、ちゃんとエマである事は証明されましたよね」
「そうだな、だが……」
ダリューンといつの間にか来ていたアリステアが私の両サイドに立つ。怖い怖いなに?マティウスがニヤリと笑う。私は両脇の二人をキョロキョロ見上げる。
「協議の結果、其方を当家で保護する事に決めた」
「ふぇ〜それって監禁ってことですか?」
私は身を縮めブルっと震える。二人からいい顔で肩に手を置かれると
「人聞きの悪い事を言うな、保護だよ」
「主のお気に入りにまた逃げられる事の無いようにな」
主のお気に入り?それは前のアリアですよね。
「違う!コイツはまだ何か知っている可能性があるから手元に置くだけだ!」
マティウスがムッとしてダリューンに言う。ダリューンはいつものニヤニヤ顔だ。
「勿論です。今度こそ必ず手元に置いて逃しません」
その顔怖いから止めて!アリステア助けて!あなたはまだ常識の人ですよねと私が助けを求める顔を向けると彼は無言で視線をそらした。
そんな!あ、ここには平民嫌いのテリウスがいる!マティウスの斜め後ろに控えているテリウスに視線を移すと苦虫を噛み潰したような顔のテリウスが黙ってこちらを見ている。もちろん、主の決定に異を唱える素振りも無く。
はは〜ん、これが噂の四面楚歌かぁ〜なんて気の遠くなる頭で思っていた。
次の日もその次の日も、色々な本や資料を読まされた。最近はもっぱらこの領地の現状と周辺の地域事情だ。
周りを三つの領地に囲まれているダンヴァース領は面積的には他領に引けは取らないものの、北は険しい山地で魔物も多く出没する為住む事には適さず、南は深い森林地帯で起伏が激しく開拓するにはかなりの労力が必要だ。
ショベルカー等の重機があった元の世界とは違い、開拓は平民の労働に頼られる。時間もかかるし人手にも限界がある。貴族達に領主の命令で領地の開拓を勧めてはいるが上手くいってないらしい。
直接指導に当たるのは比較的位の低い一族に任されているがまだまだ成果はあがらない。
「マティウス様。この開拓の事なんですけど」
「なんだ?」
「これって、実質、労働力は平民ですよね」
「当然そうだがそれが?」
「ずっとそうなんですか?」
「ずっととは?」
「これまで開拓は貴族指導で平民が労働ってとこです」
「それはそうだろう。貴族が自ら森を伐採するわけが無いだろう」
「こんなやり方で開拓が進むわけないですね。貴族様ってやる気あるのかな?」
つい口が悪くなる。テリウスがクッと睨んでくるのですみませんと謝り資料を読み進める。
「なぜだ?」
「はい、なんです?」
私はまた次の資料を読んでいたので一瞬戸惑う。
「なぜ進まないと思う?」
マティウスは自分の手を止め私に向き直り聞いてくる。
「それは、平民に利益が無いからですよ」
「利益がない?賃金は支払われているぞ」
「それはあくまで暮らす為の糧ですよね」
「その為に働くのであろう」
マティウスは不思議が止まらないようだ。
「平民だってお金を儲けて楽しく暮らしたいんです」
「だから?」




