32 水耕栽培システム
本から引き離されテーブルの横まで引っ張って行かれる。
「勝手に読むな」
「申し訳ありません。つい……」
「本は貴重な物だ。軽々しく扱うな」
「はい」
「ここで大人しく読むなら後で見せてやる」
マティウスの言葉にその場の皆が驚く。
「本当ですか!ありがとうございます。では早速」
「あ、と、で、だ!」
さっきの続きを見に行こうとすると、テリウスに阻まれダリューンにぐるりと体を向き直される。マティウスは凄く嫌そうな顔をした。
「仕事を済ませてからだ。お前の書いた進め方を説明しろ」
マティウスはテーブルの上に置いた資料を指でトントンと叩く。私はコップ研究室が上手く行ったら徐々に規模を大きくする事を提案していた。
「今はコップ一つに一株ですけど、上手く行くならもっと大きな物に入れ替えて最終的にはこういう物で……」
「待て待て、手で示されてもわからぬ」
マティウスは新しく紙とペンをテリウスに用意させて書けと言い出す。ダリューンが椅子をマティウスの横に引き寄せ、座るように言う。私はそこに座りA4くらいの紙を横向きにし、転生前のいわゆるイチゴ狩りのような腰高の細長い枠で出来た、水耕栽培システムの大まかな絵を書いた。
私がテレビで見た家庭用のそれは発泡スチロールに排水用の穴をあけポンプを取り付けていたが勿論ここにはそんな物はない。
「ここに水を貯めつつポンプ……じやなくて水を入れ替えて、ここに今のコップ研究室のように布か何かで……」
確か水は循環させて空気を含ませたほうが良かったはず。太陽光も少しいるから、天井は可動式かガラスで光の加減を考えないと。液体肥料は無いだろうけど何とかなるだろう。
マティウスを始めダリューンとテリウスも言葉を失っている。植物は土から生えているもの、というここの常識からは考えられない水耕栽培システム。ここには無いやり方だろう。
「上手くいくかはわかりません。でも芽が出ましたからやってみる価値はあると思います」
私は大まかな絵をマティウスの前に出す。マティウスはそれを手に取って、止まった。処理落ちしてるね、息してる?お〜い。
「これを……お前か考えだしたのか?」
「いえ、どこかで聞いたような……ハハッ」
もう笑って誤魔化すしかない。
「本当にこんな事で薬草が育つのか?水を循環させるとは?水の入れ替えが必要なのか?」
「出来るかどうかはわかりません。水の循環は必要です。入れ替えは毎日必須ではありません。何かありませんか?魔術とかでパパッと」
「パパッって……」
マティウスが顔を引き攣らせてこちらを見る。でもポンプが無いなら後は人力で回すしか私には思いつかない。そこはお任せします、と丸投げし私は説明を終えた。
「もう良いですか?」
「良いわけ無いだろ、こんな事出来ると思っているのか?」
横からテリウスが私に凄む。私はビクつくとマティウスに寄った。マティウスはため息を吐きつつテリウスを制する。
「平民をむやみに怖がらせるのは控えると言っていたんじゃないのか?」
テリウスは頬をピクリとさせ黙る。ダリューンがテリウスの肩を叩いてマティウス様を休憩させよう、とお茶の用意を促した。
テリウスが貴族側のドアを出て行くとホッとして座り直す。
「テリウス様は平民と何かあったのですか?」
ダリューンに聞いてみる。
「前にアリアに随分厳しくして、その後あの炎龍の一件があり、アリアの記憶が無くなったんだ」
「それ聞きました。それが何か関係あるのですか?」
「アリアはその……前はマティウス様に気に入られていたのでな」
愛人説のことですね、怖い話になるのかな。
「別に気に入っていた訳ではない。何度も言わせるな」
「申し訳ありません。ですが、アリアがそれ以来全くマティウス様に近づか無くなり。マティウス様もなんだか元気が無いようで」
「それは関係ない。私は研究が早く進んで欲しいだけだ」
まぁ、今のアリアはいわば別人だから懐かなくても無理はない。懐いたつもりも無かったけど、色々教えてくれるマティウスと話すのは確かに楽しかった。
テリウスがワゴンにお茶の用意をして来たので私は部屋を出ようと立ち上がる。あ、オヤツだ良いなぁ。
降りた椅子を直しペコリと頭を下げると秘密基地側のドアに向かう。
「どこへ行く」
「はい?」
「本を読むのであろう?」
マティウスはダリューンに命じてテーブルの上にさっきの薬草の本を置いてくれた。テーブルは広いので本を置いても十分な場所はある。
「良いのですか?」
「構わん。読めないところもあるであろう?」
なんと教えてもくれるらしい。オルガの所で一緒に資料を読んだ以来だ、嬉しいぃ〜
本をめくりつつ、わからない単語を教えてもらいながらお茶するなんて、転生前の優雅な読書タイムのようだ。
お茶菓子は小さいパンの様に細長くてねじって焼いた物で生姜が効いてる固いものだった。めっちゃ口の中の水分持っていかれるよ。ちょっとハチミツの味もするけどそんなに甘くない。スウィーツ恋しいなぁ。転生前はよく子供達に作ったなぁ、買うのは高い為勿体なくて結構手作りしたもんなぁ。
簡単な物なら作れるだろうから今度はお砂糖をご褒美にしてもらおう。高価なようだから頑張らないと。
お茶を頂きながらの楽しい時間はあっという間に過ぎ、本を読み終わると私は貴族部屋を出た。
外ではすっかり小屋が出来上がっていて後は窓を入れるばかりになっていた。窓を入れる部分は布で覆われ中は暗かったが細長い台の上にコップは並べられ新月魔草がちょこんと顔を出していた。
「随分長居してたじゃないか、何してたんだ」
ガビーがまた何か企んでいるのか、と不信感一杯の顔で聞いてくる。
「資料の説明と薬草の勉強です」
「薬草の勉強って?」
ラッセルが嬉しそうに問いかける。いつもご機嫌なじいちゃんだなぁ。
「大きな本があって、見せてもらってました」
「あれをかい?」
「知ってるんですか?スゴイですよね、あれ」
「そりゃあね、あんなの滅多に見れないもんだよ」
ラッセルはうんうん頷き、私の肩に手を置く。
「気に入られてよかったねぇ」
それだけ言って去って行った。気に入られて良かったの?って言うか気にいられたの?
ガビーが嫌そうな顔で舌打ちするとラッセルの後についていった。
その夜、また小さいエマのが夢に出てきた。エマは落ち着いた様子で私を見てる。
そこは怖くないの?
……全然……
辛くない?
……うん、ここでは誰も殴らない……
殴られてたの?!
……うん、私だけじゃないけど……
誰が殴るの?
……大人の人、連れて行かれた先でも逆らったら殴られるぞって言ってた。だからここにいるの。ここでは誰にも殴られない……
重い気分で目覚める。孤児院はとんでもない所だったようだ。こんな子供を殴って脅すなんて。エマにしてみればそんな外の世界には戻りたく無いのだろう。私が乗っ取った感じだけどエマにも都合が良かったのか。
複雑な気分で朝食の準備をし洗濯をする。いくら秘密基地に出入り出来ても私はそもそも下働き要員だ。それに直ぐに結果が出るわけでもないのでいつもの暮らしに戻った。
洗濯物を干していると兵士として働いているウォルフがやって来た。アリアは突然の兄の訪問に大喜びで抱きついていた。ジョルジュもラルクも楽しそうに話して、改めて私を紹介してくれた。
「エマです。よろしくおねがいします」
「ウォルフだ、よろしく。アリアがお世話になってるって聞いてるよ。ありがとう」
久しぶりに見たウォルフは少し逞しくなったようだ。訓練して、事務処理して、門番の見習いと毎日充実しているようだ。ウォルフとしては事務仕事はあまりしたくないが、平民で計算や業者とのやり取り経験がある貴重な人材を有効利用されているらしい。ダリューンに憧れて兵士になったんだから夢と現実の落差は激しいね。
「今日はお休みなの?」
「そう、夕方には戻らないいけないけど、アリアを街に連れて行ってやろうかと思って」
「街へ?行きたい!」
ウォルフの提案にアリアは大騒ぎして喜んだ。ここに来て一度も街へ出ていないらしい。秘密基地の事をよそで話さないか心配だったが最近は大分しっかりして来たので少しなら良いだろうと許可が出たらしい。
「エマも行こう」
アリアが誘ってくれるが、おそらく私は無理だろう。
「私は無理だよ、アリア早く行っておいで。帰ったらお話し聞かせてね」
「えー!一緒が良いよ」
アリアが少しごねだしそれを見たウォルフが提案してくれる。
「オレが連れて行ってあげるよ、一緒に行こう」
そう言ってくれたが、それには貴族様の許可がいるだろう。ラルクはそれが分かっているから困った顔をした。
「急に無理言うな、また今度な」
二人をまぁまぁとたしなめ出掛けさせ、私はラルクにすみませんと謝る。
「あやまるのはこっちだよ。無理言ってごめんよ、本当は行きたいだろうに」
「いえ、貴族様に許可とるのは私も嫌なので」
「まぁ、バーソロミュー様なら良いって仰って頂けそうだけど。もう少し落ち着いてからの方が良いだろう。新月魔草が育てば許可が出るよきっと」
「はい」
ラルク相変わらず優しい。ジョルジュが呼びに来て三人で秘密基地に向かうと小屋には既に窓が付いていた。
仕事が早い!




