26 スパイ容疑
ガビーは腕を掴んだまま早足で歩き、勿論私はその速さについて行けるはずもなくゼイゼイと息を切らし、でも止まる事も出来ず頭がボーっとし始めた頃やっと目的地に着いたようだ。
ガビーはドアを開けて入るなり頭を下げた。
「申し訳ありません。コイツに資料を見られました」
「うん?エマか?」
そこにはラッセルが数人の男と机を囲んでいた。
「エマ?あぁ、孤児だろ?読めんだろ」
なんとアリステアがいた。私を見ると眉間にシワを寄せる。
「すみません。私もそう思って油断してましたが、読めるそうです」
ガビーが私の掴んだ腕を引っ張って前に出される。肩で息をしながらそこにいるメンバーを見る。ラッセル、アリステア、ジョルジュ、ラルク、そしてアリアだ。
「あっ、さっきの!」
突然アリアが部屋のすみから駆け寄ると私に抱きついてきて驚いて抱きとめる。
「お姉ちゃんもここにくるの?」
無邪気に聞いてくるが私は訳が分からず大人達の顔を見回す。
「字が読めるのか?」
「はい……少し」
「年は?」
「十二才です」
「ここに来る前に誰かに何か頼まれたか?」
「は?いいえ」
アリステアが次々に質問してくる。なんだ?何が起きてる?
「ここに来た経緯は?」
「孤児院から働き口が見つかったからって連れて来られて、でも間違いだって返されそうになってて」
「間違いとは?」
アリステアがラッセルを見る。ラッセルは男の子を頼んだはずが女のコだったので返すつもりだったが、私が粘るので可哀想になり他にまわそうとしていたと説明した。
「だから、早く返せば良かったんです。ウチの奴らもなんだか揉めてました」
「そうなんだ。何したんだ?」
ラッセルはガビーの言葉を受け私を見る。
「仕事が遅いってセスに言われて。私に出来る事は無いから部屋へ行けって」
「それで寮の掃除をしてて資料を覗かれました」
それはお前が悪いな、とガビーが叱られた。
みんな私を可哀想な目で見てるが、アリアだけは嬉しそうに手をつなぎ「こっちに来て」と引っ張る。
「アリア、駄目だ。こっちにおいで」
ラルクがアリアの手を私から離して連れ戻す。「えぇーどうして~」と文句を言いながらラルクに隣の部屋へ連れていかれた。
「主に聞いてくる」
アリステアはため息をついて私達が入って来たドアから出ていった。
部屋のなかはどんよりしていたが、やっと呼吸が落ち着いてきた私にラッセルが水の入ったコップを渡してくれた。それを一気に飲みほし進められた椅子に座った。
はぁ……なんだかマズい展開だな。秘密を見てしまったって感じだな。どこかに飛ばされるのかな?まさか殺されないよね!忘れてた!ここ斬り捨て御免の世界だった!
私は急に怖くなって身を震わす。ラッセルがそれに気がついて肩にそっと触れる。
「大丈夫だよ、坊っちゃんは無慈悲じゃないから」
慰めてくれるが、ガビーが私の後に立ったまま黙って睨んでくる。
怖いよ、このまま後ろから刺されそう。
沈黙が続いて耐えきれなくなり、あの……とラッセルを見る。
「なに?」
「ここは?」
「黙れ」
ガビーが後から低く言う。ラッセルがまぁまぁとなだめる。
「詳しくは言えないんだけどね。わかるだろ、見られたくないもんをお前が見ちゃったからね」
「秘密なんですね、ここ」
「そう。ふふふ、ドキドキしない?」
「色んな意味でします」
「だよね〜」
ラッセルは緊張感なく楽しそうに笑う。ガビーが舌打ちしてジョルジュがそれを嫌そうに見る。
「君、荷馬車に乗ってた子なんだってね。私は馬車の中にいたんだよ」
「あ、そうなんですね。私、あまり覚えて無くて、ご無事だったんですね」
「無理ないよ、まだ小さいのに。ウチの娘もあの時の事全然覚えて無くて、それ以前の事まですっかり忘れてしまって。ここ最近の記憶が無くって……」
「記憶が?」
って事は私がアリアの時の記憶は無いのだろうか?
「そう、まぁ、元に戻ったって感じなんだけど」
「元に、ですか?」
「うん、最近すっごく急に大人っぽくなってたのがなくなったんだ」
それは心配ですね、と相槌を打った。
記憶無くなってるんだ。私には全部残ってるから私の記憶って事になるのかな?でもその方が良かったかも。色々大変だったし、いっぱい叱られたし。
そう考えていると、アリステアがダリューンを連れて戻ってきた。マティウスもいるかと期待したがいなかった。
「どれ?」
「コイツです」
ダリューンがはぁとため息をついて「子供じゃえねか」と呟きこちらに来る。私は椅子から立ち上がり彼を見上げる。
「お前、何か企んてるのか?」
「企むって?」
「誰かに何か聞いて来いって言われてここに来たんじゃないのか?」
スパイ容疑がかかっているらしい!
「えぇ!無い無い!そんな事ないです」
「字は誰に教わったんだ?」
「誰って……忘れました」
本当はラルクとマティウスに教わったけど言えない。
「忘れる事ないだろ」
「でも、この前の炎龍前の事をあまり覚えてなくて」
「ふ〜ん、炎龍の事は覚えてるんだな」
「そうですね……」
「都合良すぎないか?」
「本当ですね」
駄目だ、嘘なんて急につけないし、そもそも得意でない。私死ぬかも……
「どこまでコレ読んだんだ?」
「し、新月魔草の人工栽培をやってみるってとこまで見ました」
もうヤケだ、隠しても無駄だ。
「新月魔草の事知ってるのか?」
「ポーションの材料の一つなんですよね。貴重な」
「物知りだな」
「きっと教えた人が優秀な方だったんでしょうね。覚えて無いけど」
「覚えてない、ねぇ……」
ダリューンは最初の面倒臭そうな顔から難しい顔に変え黙り込む。
「ちょっと様子見だな。しばらく閉じ込めといてくれ」
そう言ってアリステアを呼ぶと外へ出た。とりあえず今すぐ殺される事はないだろとホッとして椅子に座る。
「良かったな、まだイケそうだな」
「ラッセルさん、楽しんでませんか?私の命で」
「そんな事ないよ。ワシお前の事気に入っとるからね」
笑顔のラッセルがちょっとウザい。しばらくすると、アリステアだけ戻って来て、私は部屋に軟禁。誰か交代で見張るって事だった。この建物の二階の小部屋に連れて行かれ、毛布と水とパンを渡され鍵をかけられた。
ベッドも無く、窓一つで何にも無い。良く分からないけどお腹空いたし、パンを食べ毛布に包まり横になった。
殺されちゃうのかな、寝てる間に死ぬかな、やだな。
色々考えている間に眠くなった。労働って素晴らしい、疲れきってました。
「おはよー、エマ起きてー」
ハッとして顔をあげると目の前にアリアがいた。ラルクも一緒で、私を起こすと部屋の外にでた。そのまま階段を降りて昨日の部屋に連れていかれ、そこにはジョルジュとラッセルがいて朝食の準備が整っていた。
「ここにどうぞ。アリアの隣ね」
「あの……私、部屋を出ても良いんですか?」
「ずっと閉じ込めるなんて可哀想だって言ってね。ワシが責任持つからって出して良い事になったから。ワシの命が惜しければ逃げないでね」
「どんな脅しですか」
ラッセルのおかげで軟禁は免れたようだ。「ありがとうございます」とお礼を言う。
「でも、暇でしよ?ここで洗濯、掃除、食事の用意してね。あ、子守も」
「子守?」
私は振り返るとアリアがにっこり笑って、後で遊ぼうと言う。
「わかりました。でも、子守って私は怪しい人物じゃないんですか?」
「ラッセルさんが大丈夫だって言うんだよ。まぁ、他の誰かも一緒にいるから。心配しないで」
ジョルジュが、なんだかトンチンカンな事を言う。心配はそっちがするんでしょ。
私は早速朝食を食べ終わると、食器を洗い、洗濯する事にした。その間アリアがずっとまとわり付いている。
「ねぇ遊ぼうよ〜」
「仕事が終わってからね。アリアが手伝ってくれれば早く終わるんだけどなぁ」
「じゃあやるよ」
アリアは張り切っていたが水の冷たさに悲鳴をあげる。私はお湯を沸かしてぬるま湯を作ってやり洗い方を教える。
「知ってるもーん」
「偉いね」
「でしょ?」
子守の経験なんて転生前の子育てで慣れてる。最近忙しくて忘れてたけど皆元気かな……




