19 新しい仕事
「勿論、嬢ちゃんが成人してからですよ。俺だって鬼畜じゃない……ですよね?」
「当たり前だ、何故聞く!というより愛人なんていらん!」
まだ怒り冷めやらぬ様子のマティウスだが深呼吸してなんとかいつもの無表情に戻ると私に向き直る。
「仕事の件はなんとかなるだろ。あ、愛人ではないぞ。まったく、他の者はどうするのだ。あてはあるのか?」
ラルクはまだ目覚めぬ父のテントを振り返った。
「いえ、アデミンストで探すつもりですが……」
「私は兵士になるつもりです」
ウォルフは迷わず言った。兵士になれば職務上貴族と関わる機会が増えるはずで、あんなに貴族に殴られていたのにまだそんな気になれるのか私には驚きだった。
「ウォルフ、もう兵士は止めて!私、怖いよ」
「アリア、オレだって怖いよ。父さんはオレを庇って切られたんだ」
ウォルフは顔を歪めて下を向く。思い出しているのか体をぶるりと震わせた。
「もうあんな思いはしたくないんだ。強くなりたいんだ」
顔をあげたウォルフはまだ青ざめていたが決意は固そうだった。
「筋はいい、兵士なら宿舎があるし食事もでる。良いではないか」
そう言ってダリューンがいい顔で笑った。野郎達の考える事は良くわからない。
「はぁ……成長したいっていうのは止められない。頑張りなさいとしか言えないね」
私はため息まじりに言う。すると皆が一斉にコチラを見た。
「お前は母親か!」
「老け過ぎだろ!」
「本当に変な奴だ!」
「いつのまにそんな言葉を……」
みんな酷いと思う。
結局、テントには家族四人でギュッとなって眠った。私は父さんの横で、ゆっくりと上下するぷっくりとしたお腹をそっとさすりながら眠った。
生きてる、ふふっ……
小さいアリアが目の前で丸まりながら眠っている。私は歌いながら彼女の髪を撫でる。家族がよくやってくれている事だ。
大丈夫だよ、父さん達助かったよ。良かったね……
目を覚ますとやっぱり瞳が濡れていた。小さいアリアの涙だろうか……
そっとテントを出ると側仕えの貴族が火の側にいた。朝食の準備だろうか、他の人は誰もおらず二人だけで目があってしまった。慌てておはようございますと挨拶し、そのまま顔を伏せて立っていた。早朝はもうかなり寒く息が白くなる。
「こっちに来て火にあたれ……」
側仕えの貴族が無表情で低くそう言った。私はビクっとし、でも逆らう事は出来ないので少し近寄った。焚き火はまだ遠かったが距離感が分からず立ち止まる。
「もっと近くによれ、そこではまだ寒いだろ」
そう言われまた少し近寄る。
「もっとだ!チッ、そこに座れ!」
イライラした感じで火の側の敷物を指差すがそこは側仕えの近くだ。私はドキドキしながらそこに座った。
いつ何を言われるのか分からずおどおどしながらチラリと顔を見てみた。
ヤバイ!また目があった!
「また泣いていたのか」
オルガの家にいた時の事を覚えていたのか、側仕えの貴族は眉間にシワを寄せそう言った。
「はい、申し訳ありません」
とにかくどうすれば良いか分からず謝ってみた。側仕えの貴族は嫌な顔をしやた。
「何故あやまる。当てつけか?」
そう言って視線をそらした。もう黙っておこう、っていうかどこかに行きたい。居たたまれずにいると誰かの足音が聞こえた。
「早いな、起きてたのか」
「アリステア様!おはようございます」
神の降臨かと思いました。こちらに向って歩いてくるアリステアはキラキラと後光がさしているように見える。本当に心から感謝します。
「お前たちの馬が見つかったぞ」
そう言って手に持った薪を火にくべた。なんと見回りながら薪を調達し、馬まで見つけてくれたのだ。優秀!足跡をたどってさがしてくれたらしい。
良かった、馬が殺されてなくて。これでどうにかしてここから移動が出来る。
「ありがとうございます」
私はニッコリしてお礼を言ったがその顔を見たアリステアが怪訝な顔をする。
「……泣いたのか?テリウスが何か言ったか?」
側仕えの貴族を見てそう言った。彼はテリウスと言うらしく、アリステアを睨みつけている。
「ち、違います。テ、テリウス様は焚き火にあたるように勧めてくれました。これは……その起きたら勝手に泣いてて……」
私は焦りつつ話しているとテリウスが朝食の準備をしながらボソリと言った。
「許しもなく名前で呼ぶな」
どうやら紹介されたばかりで許可なく名を呼ぶのはダメらしい。考えてみれば馴れ馴れし過ぎるか。平民は家名が無いがお貴族様相手には家名で呼ばなくてはいけないらしい。
「あの、ではなんとお呼びすれば?」
「カーンだ」
直にアリステアが答えた。カーンってアリステアの家名だよね?
「は?はい。カーン様、ではこちらの……」
「違う、オレはアリステアでいい、ややこしいからな。テリウス・カーン。従兄弟だ」
「い、従兄弟!そうだったんですね。カーン様」
従兄弟ねぇ、全然似てないよ。アリステアの方が最初から気さくでずっと優しい。
朝食を食べているとテントからジョルジュの声が聞こえてきた。私達の名前を呼んでいる。
「ウォルフ……大丈夫か……誰か……いないのか……」
私はテントに飛び込んだ。
「父さん!目を覚ましたのね、もう大丈夫だよ。みんな無事だから」
ジョルジュは私の顔を見ると目を丸くして驚き、体を起こして辛そうに顔を歪める。
「無理しないで、まだ寝ててよ」
「そういう訳にはいかない。このテントは?家のと違うだろ、傷は……ポーションか、誰かに助けてもらったんだろ?」
後からテントに入って来たラルク達に聞く。
「テンプルウッド様だよ。馬車で通りががった所をアリアが止めたんだ」
「えっ……」
青い顔をしてジョルジュは慌てて立ち上がろうとした。私は止めたがラルクとウォルフが気持は分かると言って二人でジョルジュをかかえテントを出た。
テントの外ではマティウスがダリューンと話していた。
「テンプルウッド様申し訳ございません。馬車をお止めするなんて、しかも助けて頂きありがとうございます。どうお詫びすれば良いでしょうか……」
ただの商人の我が家に返せる物など何も無い。まして全財産失ったばかりだ。ジョルジュは途方にくれていた。
「詫びは要らぬが……」
マティウスはそのまま少し考え込んだ。
「お前たち、何も決まって無いなら私の元で働かないか?」
「私達で出来る事ならなんでも仰ってください」
ジョルジュは迷わず即答する。拒否権などないし。
「ふむ、実は新月魔草の栽培方法を確立したいのだ。勿論、他言無用だ。かかる費用、生活費……給金も出そう」
「是非やらせてください」
ジョルジュは食い気味で答えた。ラルクは慌てて父親を抑える。そりゃそうだ、野菜やそこら辺に生えてる薬草を売るのとは訳が違う。
「父さん、本格的な農作業なんてした事ないだろ?そんな安請け合いダメだよ」
失敗した時の事を考えると気がきではない。
「何を言うラルク。誰も成功したことの無い新月魔草の栽培なんて、従来の方法じゃあもう駄目なんだ。だったら何も知らない私達の方が出来るかもしれんぞ」
ジョルジュは目を輝かせていう。結構チャレンジャーなんだね、父さん。その意気込みに押されラルクも渋々了承した。マティウスは満足気に頷き、お前も一緒にやれと私に言ってきた。
「私もですか?あの愛……」
「その話は忘れろ、二度と口にするな」
マティウスはダリューンを睨みつけるとその場を離れた。ジョルジュとラルクは心底ホッとしていたようだ。私も安心したよ、マティウス様がヘンタ……いや常識人で良かった。




