100 奪還作戦2
「は?」
答えたのはベネディクトだった。
クラウスと賠償の話をしながらこちらの会話に耳を傾けていたのだろう。
「婚約すればいずれ結婚するのが常識であろう。何を言っているのだ」
ベネディクトの言葉に私はコッテリと首を傾げ、困り顔をする。
「申し訳ありませんわ。わたくし常識からはハズレておりまして。何せこれですから」
私は自分の髪をクルクルと指に絡める。
「ユ、ユージーン様、あなたの妹ですぞ。何か言ってください」
ベネディクトはユージーンに私を諭すように言ったがお兄様は柔らかくニッコリと微笑む。
「申し訳ございません、ベネディクト様。妹はこの度の出来事で大変混乱しておりまして、お許し下さい。マティウス様も手をかしてくれないか?フェアリーネは自分ではまだ立ち上がれないのだよ」
ユージーンの言葉に、流石に誰も弱った女性の手助けを遮る者はいなかった。
マティウスは私の側に来るとそっと腰に手を添え体ごとゆっくりと立たせてくれた。その姿があまりにしっくりと馴染んでいたせいか婚約者の娘が手を口に当て息を呑む。
直ぐに離れようとするマティウスの袖を掴むと私は上目遣いに見上げる。
マティウスが私を見た。
「すまない」
そう呟く。私は小さくため息をついた。
「本当に、待ちくたびれましたわ」
「君とはいられないのだ」
彼が辛そうな顔をする。
「一緒にいれるかどうかではなく、いたいかどうかですわ」
そう言ってマティウスの顔を引き寄せくちびるを重ねた。
誰かが「な!」といったきり部屋は静まりかえる。
驚いて動けないマティウスのくちびるをこじ開け舌を差し込むとマティウスのそれをねっとりと絡め取った。目を見開いてこっちを見つめるマティウスが可愛くてクスっと笑うと、プライドを刺激してしまったのかマティウスも私の動きに応え出した。
私達はしばしお互いを堪能すると私の手が緩むのをきっかけに離れて行こうとした。くちびるが離れる寸前、私はマティウスの下唇を咥え込むときゅーっと引っ張り、最後にちゅっぱといやらしく音を立てて離した。
呆気に取られたマティウスから目を離すと私は下唇を舐めつつベネディクトをチラッと見た。彼は喉仏を上下させ私を見ていた。
「また後で……」
そう囁いて私はユージーンのエスコートで部屋を出た。
ドアが閉まる寸前、今日、一言も話さなかったカイリンの高笑いが聞こえた。
「ちょっとやり過ぎたのではないか?フェアリーネ」
「言わないでお兄様。私だって今猛烈に恥ずかしいのですから」
貴族女性としてあるまじき行為を公衆の面前で濃厚に致した。
インパクトは充分だろう。私は膝が震え、建物の内の階段をやっとの思いで降りていた。ミラベルは未だに顔を赤らめ無言でついて来る。誰かの濃厚キスシーンなんてここじゃ滅多に見れないのだろう。
ユージーンは優しく体を支えながら目を細める。
「アレではマティウスだけでは無く、あの場の全男性が落ちたと思うのだが」
そう続け私の行動を反芻する。
もう止めて!
「これだけやって駄目ならただディミトロフの名を落としただけじゃなく、私の悪名を広めただけね」
階段を降りた疲れと恥ずかしさでフラフラの私にユージーンが微笑む。
「やった甲斐はあったんじゃないか?」
振り返るとそう言った。
「フェアリーネ!」
遠くからマティウスが講義中で誰もいない廊下を凄い勢いでツカツカと迫ってくる。
ちょっと怖い!怒ってる?
その勢いのまま私をバフッと抱きしめる。
「何をやっているのだ!あ、あんな……」
抱きしめられたはいいが足はもう限界でクニャリと力を無くした。
マティウスは慌てて横抱きにし私の顔を見る。
「結構きた?」
「結構じゃ無い!あんな人前で!」
「怒らないでよ、そもそも私が怒ってるの!アレで駄目だったら本当に許さなかったんだから」
私の言葉に特大のため息をつくとマティウスはそのまま馬車に向かって歩き出した。
「婚約者は?」
「君が聞くか?破棄だよ。向こうが断ってきた」
「そうなんだ」
私がニンマリするとマティウスがゴンと頭突きをして来た。
「痛い!酷い!」
私が涙目で訴える。
「少しは反省しろ」
叱られた。なんで?
「すぐには無理だが、半年後に婚約解消だ」
「なぜ半年後?」
「世間的に婚約後すぐには解消は体裁が悪い。半年後ならば致し方無いとされる。今回はこちらに非があるので慰謝料を払って解消だ」
「非があるんだ。マティウス悪い男だね」
「婚約者の前であんな事……すればこちらに非があるであろ?全く、どこであのような事を覚えたのだ?」
転生前に映画で見た。とは言えない。
「企業秘密です」
「どこの企業だ!」
私はマティウスがすぐ側にいるのが叱られてるのに嬉しくって笑っているのに涙が出てきた。
「泣くな……すまない」
マティウスは何度も謝りながら馬車に乗り込むと私の隣に腰掛けもたれさせてくれた。
なんだか恥ずかしいが、こちらを少し見下ろす彼がカワイイ。
「まだ回復しきれていないのに。大丈夫か?」
「もう大丈夫よ」
「少し眠れ。今度はずっと側にいるから」
私の気持ちを先読みして答えてくれた。
はぁ~~疲れた。
あれからベネディクトは婚約解消はディミトロフのせいだ。慰謝料を求められたのは、元はと言えば私があんな事したせいだと訴えてきた。
その結果、クラウスは屋敷の賠償と絡め少し利益を得たようだ。交渉上手だなぁ。
私は住まいを本館に移し、アデミンストの貴族街で暮らす事となった。側仕えのドロシア&オリアーナも呼び寄せ新生活スタートだ。
イブリンは夫であるインファントが拘禁されてやはりショックを受けたのか、実家のスラットリーへ帰っている。ユージーンは最近はイブリンと仲が改善していたようで、落ち着いたら戻って来て欲しいと言っていた。
回復途中の私はリハビリがてら午前中のみカイリン先生の研究室で文官のような仕事をしていた。ここなら世間の目を気にしなくてもマティウスに会える。
「いやぁ、良いものを見せてもらったよ」
カイリン先生は会うなりそう言ってあの光景を口にする。
「エイダンも連れて行けば良かった。あんな物滅多に見れんぞ」
口頭で説明するのを止めて欲しい。恥ずかしさで死ねる、再び。
「フェアリーネって考えられない事をするよな、時々」
私、他に何かしたっけ?
「辺境伯令嬢なのに、薬倉庫の掃除とか、」
それは別に良くない?
エイダンがそう言うとカイリン先生も頷く。
「そうだな、マティウスにケンカ売ったり、他にも辺境伯令嬢としては異例なことをしているのではないか?」
口が裂けても窓をスカートたくし上げてよじ登ったとは言えない。ダリューンに口止めしとかなきゃ、あいつお喋りだから。
「まさかあんな事をしてマティウスを取り返しに来るとはベネディクト様も思わなかったろう」
「ただの辺境伯令嬢だと思ったのが運の尽きでしょうね」
カイリン先生とエイダンの会話は続く。ホントに止めて。
二人がまだまだ話に花を咲かせているとマティウスがやって来た。カイリンはそれに気づいて振り返る。
「お前もフェアリーネの辺境伯令嬢とは思えぬ行動を他に何か知らないか?」
私は非常に焦る。他にってなに?
「この前のが最大ですよ。そんな事よりカイリン先生話があります」
オゥッ、最大が最新とかまだインパクトが大きすぎる。時よ早く進め。
カイリン先生とマティウスはエイダンが研究室に戻るのを確認し森の探索の件について話しだした。念の為盗聴防止を使っている。
ベリハベルの探索と根絶やしだ。
いまや、ディミトロフの当主は実質ユージーンになっており後は手続きを待つばかりだ。
森への探索の為の許可は既に出ておりいつでも行動に移せる。マティウスは私を参加させたく無いらしく、詳しくは教えてくれない。
参加者は五、六人てとこらしいがメンバー選びに難航している。
マティウス達だけじゃないんだ。また四人で行けると思ったのに。
私は体もまだ万全では無い為、今回は不参加が濃厚だが出来るだけ粘ってついて行こうとしている。が、それを絶対に駄目だとマティウスも頑固で譲らないのだ。




