部下のために
いえ~い、エピローグだ~! 結局オージャンの生死はどうなるのか!? 忘れているかもしれませんが、X組が閉鎖されるとオージャンも死にます
目覚めたキネマはすぐに上体を跳ね起こした。顔を強張らせている彼は、目を見開いて白い壁を凝視している。
「ようやく起きたか」
ベッドの傍らにある丸椅子に腰かけていたガロウが、すぐに声をかける。するとキネマは薄い水色の髪に手を差し入れ、神妙な面持ちで、
「ここは?」
「病院だよ。結局おまえ、ほぼ二日寝てたぞ」
「二日!? なぜそれほどまで寝ていたのでしょう。しかも病院で……急いで戻り、お嬢様のお世話をしなくては」
布団をめくって起き上がろうとするキネマを、心痛な顔でガロウは押し止める。
「まあ、落ち着け。まだ本調子じゃないんだ。徐々に調子を戻していこう」
「なんですか、その変な優しさは。変なものでも食べたのですか? あなたが入院なさった方がよろしいのでは?」
なにを言われてもガロウは表情を変えず、「いいから」とキネマを強引に戻そうとする。それでもみ合うように争い、
「なにをなさるんですか、私はお嬢様の下へ行かなくては」
「ハーハッハッハッハ! 今日も気分がよくて清々しいな!」
開いている窓から、オージャンの快活な声が聞こえてきた。それを聞いた瞬間、キネマの顔が怒りに染まった。
精神を守ろうと、自己防衛でレシャールが貫かれたことを忘れていたキネマが、オージャンの声を聞いて感情を爆発させる。
「魔王ぉ~!」
ガロウの手をふり切って、キネマは窓から飛び出した。
眼下のベンチで女子学生と楽しそうに座っているオージャン。キネマは落下しながらそちらに向かって腕を突き出す。そして、右腕に氷でガトリング砲を作り出し、着地と同時に放とうと――したら、隠された穴にはまってそのまま落とし穴の底に埋まった。
オージャン達が覗きこむと、裁断したスポンジの中から足だけが突き出ていた。
「マジで綺麗にはまったわ。ホント、オージャンの罠設置指示は神だわ」
「当たり前だ。年季が違うのだ年季が。だが神とか言うな、不愉快だ」
オージャンとジャンヌの嬉しそうな声が穴の中に響き、足が引っ込んでからキネマが顔を出す。充血した目でオージャンを睨み上げ、
「貴様! 許さん! 絶対に許さんぞ!」
『う~らまれてる~。怨念がおんねん。ケ~ケッケッケッケ!』
羊のぬいぐるみに憑依したグリアスが、オージャンのそばを飛んでくだらないことを言う。それを鬱陶しそうに、額や頬、両腕両足に胴体、手当てを受けていない場所がない姿の彼はため息交じりに、
「落とし穴にはめられたぐらいでなにを興奮している。こんなものちょっとしたイタズラであろう。使用後は掘ったネフィに埋めさせておく」
「どうして私がオージャンのイタズラの片棒を担がないといけないのよ!」
穴の淵から顔を出しているネフィがわめくが、オージャンは涼しい顔で、
「掘って埋めるぐらいなら貴様でもできるからだ」
実も蓋もない言葉に、ネフィはガックリした。
飛び上がってきたキネマはオージャンの胸ぐらを掴み、
「貴様のせいで、お嬢様は……お嬢様は!」
「わたくしがどうかしたのですこと?」
「そうなのですお嬢様! こいつのせいでお嬢様は死んでしまい――」
興奮していたキネマがピタリと止まる。彼の目の前に肌こそ褐色に変化しているが、レシャールが元気に生きて、手を振っていた。
「お化け~!?」
「妖怪のキネマくんが言うセリフ?」
ネフィがツッコミを入れ、ジャンヌが浮いているグリアスを指さす。
「マジな生霊でいいのならここにもいるし」
『ケ~ケッケッケッケ』
「おいレシャール。立札を忘れているぞ」
「あら、ごめんあそばせ」
と、レシャールは忘れていた立札をキネマに見せる。そこには『ドッキリ大成功』と書かれていた。
増々キネマは意味が分からず、いくつも疑問符を頭上に上げる。
「ねえ、オージャンにドッキリ教えたの誰よ?」
『い~や~、暇つぶしに見せていたドッキリ映像に、魔王様はまっちゃってはまっちゃって~』
「ただでさえみんなの悪影響を受けて不真面目になってるのに~!」
和やかな話を右から左に聞き流していたキネマはようやくハッとして、
「生きているのですか!? というか、その肌は!?」
「健康的ですことね。こういうの、ちょっと憧れていましたことよ」
満更でもなく喜び、レシャールは両頬に手をそえる。
「いえ! 生きている方の疑問にお答えください!」
「お~い、成功したみたいだな~」
「今取り込んでいるでしょ!」
手を振ってやってきたガロウは、余裕がないキネマに叫ばれ「ええ~」と腑に落ちない表情をしていた。
微笑んでいるレシャールは、隣にいるオージャンをチラッと見て反応を窺っている。
それでオージャンは「余が説明するのか」と、疲れたようにため息をついてから、
「余が神の思惑通りに動くと思っているのか? 神のための汚れ役などご免だ」
「で、ですが、あの時確かに、お嬢様の胸を貫いたはず!」
「ああ。血の病だと言っていたから一滴残らず出してやった。そして、今はレシャールの体には余の魔力が巡って血の代わりをしている」
「お嬢様は彼がそうすることを知っていたのですか!?」
「いいえ」
レシャールは平然と首を横に振り、「だけど」と続ける。
「オージャンがわたくしを刺す前に鼻歌を歌っていましたから。もしかしたら、神の思惑など越えてくれるのかもと」
ガクンッと、キネマの顎が落ちた。
「でも、どちらにせよ覚悟はもうできていましたから」
キネマは驚きが落ち着いて口を閉じてから、
「そんなことが可能なのですか?」
驚愕に丸まった瞳で、オージャンの顔間近まで迫る。
その暑苦しい迫力にオージャンは顔を背け、
「原理的には動く鎧や動く石像と同じだ。だが、それらと違ってちゃんと体も生きているから、子も残せるぞ」
「ちょ、ちょっと、マジデリカシー!」
「そんなストレートな」
ジャンヌとレシャールが頬を染めて言うが、オージャンはキョトンとしている。
「大事なことだろ。子どもが生まれなくて恨み言を言われてはかなわん」
「跡継ぎを残すのも、大事な王様の仕事だしな~」
遠くから言ったガロウの言葉で、ジャンヌが居心地悪そうにもじもじし出した。
オージャンは何なのだと怪訝な顔をし、
「オージャンってそういう相手、向こうの世界にいたの?」
恐ろしい質問を大した考えもなしに気軽に聞いたネフィを、ジャンヌは穴の中に蹴り落とした。
「この無能! そういうことは聞かなくていいの! マジで!」
そんなことより、キネマは心配事がまだある。
「それであの……後遺症などは?」
「動く鎧や動く石像は一〇〇年ぐらいなら問題なく動き続けるが、人間はどうであろうな」
どうやら初めての試みだったようだ。
「お嬢様、病院で検査しましょう!」
真剣な顔のキネマに、レシャールはムスッとした顔を見せる。
「そんな事より、先にみんなに言うべきことがあるんじゃありませんこと?」
ピシャリと言われ、ハッとキネマは気づいた。
ネフィが穴から這い上がってきて、キネマの前にX組全員が揃う。
キネマは地面に正座をし、手をついて額を地面に叩きつけた。
「皆様! 誠にもって申し訳ございませんでした! 全ては私が悪いのです!」
言い訳をしなかった。非は全て認め、どんなことも受け入れるつもりなのだ。
とは言え、オージャン以外は直接的に被害を被ったわけでもないので、それほど深刻で大仰に謝られて戸惑いを隠せない。みんなは視線を見合わせ、最終的には委員長のネフィに押し付ける。
「……あ~、え~っと~、ま、まあ、事情はレシャールさんから聞いたし、薬のために仕方が無かったんだし~」
オージャンは中途半端にボソボソ言うネフィを穴の中に蹴り戻した。
悲鳴だけを残したネフィのことは放って、オージャンはキネマの前に立って「顔を上げろ」と言った。
顔を上げたキネマは、真剣な目で見下ろしてくるオージャンの黒瞳を見て息を呑んだ。周りで成り行きを見守っている人達も息を呑んだ。
「貴様のしたことは絶対に許されないことだ」
あらためて言われたことを、あらためてキネマは心で受け止める。人に言葉でぶつけられるとこうまで違うのかと、彼は腹に黒い塊を抱えた。
「だが、主を第一に考える従者としての貴様は間違っていない」
それだけだと、オージャンはキネマに背中を向けた。
途端に涙が溢れたキネマは俯き、声を殺して泣いた。レシャールは彼の肩に触れ、なぐさめる。
その流れを見て、
「ってか、オージャンって全然魔王っぽくないよね、マジで」
「それは俺も思ってた。本当に魔王なん?」
コソコソとしたジャンヌとガロウの話をオージャンはちゃんと拾い、
「貴様らが大魔王にどんなイメージを持っていたのかは知らぬが、大魔王に限らず、王が持っているのは権力などではなく責任だぞ。上に立つ者であればあるほど、ワガママなど言えないものなのだ」
もっともらしいセリフに、「お~」と感心しつつみんなが拍手を送る。
「わたくしも従者の不始末の責任を取らなくてはいけませんことね」
レシャールの言葉を聞き、キネマが涙を袖で拭いながら、
「お嬢様! 全ては私が勝手にしたこと、お嬢様が責任を取ることなど――」
「黙りなさいキネマ! 今オージャンが言ったように、上に立つ者として部下の行動には責任を持たなくてはいけませんの! 知らない・勝手にやったではすみませんことよ!」
「あ、キネマの処分についてだが学園は不問にするそうだ」
アッサリと告げてきたオージャンの言葉で、レシャールとキネマの目が点になった。
そんな二人の視界の中に、オージャンの背後で羊のぬいぐるみが『ドッキリ大成功』の看板を持って浮いていた。
でも、初耳なのは二人だけではない。再び穴から這い出てきたネフィを筆頭に、みんながオージャンにつめ寄ってきた。
「いつ!? どうやって!?」
「余が昨日掛け合っておいた。ラファエルを追い詰めた戦功と引き換えに減刑を願い出て見事通った」
「そんな簡単に!?」
ネフィのセリフでオージャンのこめかみに怒りマークが張りつく。
「簡単ではなかったわ。貴様に任せられないから痛い体を引きずって余が動いたのだ」
「私その間、落とし穴掘らされていたんだと思うけど~!」
アイアンクロー(大して力は入れていない)を喰らい、メガネをズラされながらネフィが叫ぶ。
いきなり無罪放免と言われ、戸惑っているレシャールとキネマ。
その様子にオージャンはため息をついて、振り返って体を向かい合わせる。
「貴様らは大事な戦力だと余が判断した。だから学園に掛け合ったのだ。そうでなければ余達に累が及ばないようにクビを切っていたぞ。それだけ余が期待しているのだ。神は貴様らを排除するために余を呼んだが、余は貴様らを切らない」
面と向かって、声こそ荒げないが強く言い放った。
ストレートにぶつけられたレシャールとキネマは声が出せなかった。
そのことをオージャンはどう感じ取ったか、
「余の期待を裏切り戦功と引き換えにしたことをふいにしたいと言うなら、もう知らん。誰も求めていない責任を勝手に取れ」
機嫌を損ねてプイッとソッポを向いた。
「嬉しいですわね。たぶん、愛の告白よりも」
レシャールは満開の笑顔を見せ、
「もう裏切りたくありませんし、後ろめたさも感じたくありませんことよ。ついて行きますわ、オージャン」
「身に余る評価、痛み入ります。これからはレシャール様とオージャン様、お二方のことは我が命に代えてもお守りいたします!」
キネマは跪き、頭を下げて臣下の礼を取った。
クラスメイト以上の忠誠が出来上がってしまい、どこか気後れするのが他のクラスメイト三人。ただ、グリアスはケタケタと笑ってオージャンの頭の上にいる。
『で~も~、戦功を引き替えにしたって~、よくもまあ、学園を説得できたねい』
「苦労したが、キネマを罰すると絶対にレシャールも同様の責任を取るだろうという読みが効果的だった。レシャールは余の魔力をエネルギーとして動いているため、あまり遠くへ行きすぎて余の力が及ばなくなれば魔力に不具合が生じるぞ。と言ったら島を追放する案は上がらなかった」
説明に疲れたオージャンが、ベンチに移動しながらそう言う。
「あとはレシャールの実家の影響力も強かったのが勝因だな。寄付金のためらしいぞ」
よっこらせとオージャンがベンチに座った時には、目の前にレシャールとキネマが真剣な顔で詰め寄っていた。
「オージャンから離れると不具合が生じるって、どれぐらいの距離ですこと!?」
「ざっと次元を隔てたらだな」
それを聞いて、X組全員が肩すかしを喰らってコケた。
「島から離れても全然オッケーだろ!」
「ウソは言っていない。距離は聞かれなかっただけだ」
「ヌケヌケとまあ……やりますことね」
脱力してみんなは苦笑する。
「ちなみに余が死んでもダメだぞ?」
「オージャンって聖痕の影響で死なないんでしょ? 共倒れって線はないんじゃない?」
「なにを言っている。おそらく余の使命はこの前の一戦で終わりだぞ。聖痕は残るが余はすでに神の奴隷から解放されている。死ぬ時は死ぬぞ」
自分のことなのに背もたれに寄りかかり、気軽に右手を振るって話す。
「死ぬ時は死ぬ」と言い切るオージャンに、クラスメイトは底知れないものを感じた。
『と~ころで~、魔王様~。戦功が無くなったんなら、X組どうなんの~?』
しばし沈黙してからオージャンは腕組みをして首を傾げて、
「貴様ら、余のいない半月で何か成果を上げたか?」
全員の頭上に「…………」が流れ、静寂が落ちる。
叱る場合は当人の人格を攻撃するようなことを言ってはいけないみたいですよ。行動は叱って、でもその熱意は買うとか。
エピローグを長々とするのもアレなので、この話は次回で終わります。
最早八方ふさがり? いえいえ、理想の上司がこれで終わるわけがない。キチンと逆転を考えていますよ!




