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メレダイヤモンド  作者: 鈴の宮みつき
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神村紗智子の迷走

 目の前で、紗智子が出した麦茶を涼しい顔でごくごく飲む悠也を見て、紗智子ははあ、と大きな溜め息を吐いた。


 全くもって悠也の意図が分からない。

 何を今更話すことがある? というか、この状況を彼女が知ったらどう思うのか。


 ──し、しまった! 彼女がいる男性と二人っきり。しかも相手は紗智子の気持ちを知っている。

 もしや、紗智子を適当に浮気相手にするとか?


 悠也がそんな人間だなんて思いたくない。

 でも、誰もいない家で二人きり。この状況で彼女にどう言い逃れをするというのだ。


 あーんもう。どうしたらいいの?


「ね。ゆう、やっぱりマズいよ」


 紗智子の勉強椅子に座り一息入れて、ハンドタオルで汗を拭っていた悠也は、紗智子の言葉に口を尖らせた。

 相変わらずのすだれ前髪。表情が見えない。


「お願い、帰って」

「なんで」

「バカじゃない?」

「はあ? サチに言われたくねーよ!」

「彼女にどう言い訳するのよ」

「彼女じゃねーし」

「はあ? あの状況でどう彼女じゃないってのよ」

「それでも、彼女じゃねーんだよ。それにさっき別れた」

「はあああ?!」


 悠也の言葉に耳を疑う。

 彼女じゃないって言葉も信じがたい上に、別れただと? つい数時間前まで目の前で思いっきりイチャイチャしてたくせに。

 悠也ってそんなに冷たい男だったの?


「信じらんない。あんなにラブラブだったじゃない」

「ラブラブじゃねーし」

「私が恋愛知らないからって、何言い逃れしてんのよ」

「気持ちが無くても抱けるんだよ」

「はあああああ?!」


 もう、理解不能。

 紗智子が睨

めつけると、悠也はバツが悪そうに視線を反らす。その反応でピンと来るものがあった。

 これは、もしかすると。いわゆるところの……


「せっせっせっ……」

「子供の手遊びかよ」

「ちゃうわっ! あんた、えっと、そのう……げっ、外道、だったの?」

「外道って──! ……まあ、そうかもな」


 うわっ外道! 女の敵! 気持ちが無いのに女の人とアレしちゃうなんて、遊び人!

 えっ? この、悠也が??


「ゆう、まさかあの女の子だけじゃない、とか?」

「──言わなきゃダメか?」


 うーわー!

 答えてないのに、全ての答えになっている、その台詞。

 どんだけ外道。どんだけ野獣。どんだけサイテー男!


 でも、紗智子は手を出されていない。というよりも、さっきの、抱き締められたり手を繋がれたりって、悠也との身体的接触はあれが初めてだったりする。

 外道のくせに、紗智子には指一本触れないなんて。


「外道オトコのくせに、私には指一本触れなかったんだね」

「──ああ」

「そんなに私──女としての魅力、ない?」

「はあああ?!」


 目の前で声を荒げる悠也に、溜め息。

 今まで紗智子は悠也の何を見ていたというのだろう?

 ずっと傍にいて、ずっと紗智子を見守っていてくれた。いつも言葉は辛らつだけど、でも誰も言ってくれない本当のことを言ってくれる悠也。

 その優しさに気づいた時、紗智子は悠也への気持ちに気づいた、のだが。


 でもそんな優しい悠也は幻想だったというのか?

 大切な優しい幼馴染みは仮面だったというのだろうか。


「あのなっ、お、おれっ!」


 珍しく悠也が口籠る。

 何かを言いたげなのに、部屋の真ん中で胡座をかいたまま、下を向く。

 頭を掻きむしっていると、その素顔がちらりと見える。

 整った美しい顔。苦しげな表情なのに、どこか色っぽい。

 あ、耳が赤い。その意外と小さな形に見入ってしまう。


 あの耳にキスした人──いるんだろうな。


 そう、考えてしまったら苦しくなった。息が、できない。

 酷い男だって知ってしまっても、それでもやっぱり悠也が好き。

 どんなに紗智子に興味が無くたって、女として見てもらえなくたって。


「……き、だ」


 ──はい?

 あまりに小さな声で聞き取れなかった。

 き、だ。──って、木田?

 ああ、その人が悠也の本命?

 木田というと──


「あ、ミスキャンパス!」


 ミスキャンパス。木田栄子。

 紗智子が小降りの黒薔薇だったら、木田栄子は華麗な百合。カサブランカ。

 素顔の悠也と並んだら、それは映えるだろう、ベストカップル。


「はあ?」

「木田さん、ミスキャンパス。その人が悠也の本命かと」

「なんでそうなるんだよ?」

「解んないよ!」

「解れよ!」

「もう、何がよ? 女の敵の悠也の気持ちなんて解んないよ」

「それでも解れよ。お前、ずっと俺と一緒にいたんだろ?」


 ──そう。

 もう、腐れ縁としか言いようの無い。

 幼稚園からずっと一緒の二人。なのに、どんなに近づいたとしても交わることの無い。

 紗智子が悠也を好きでも。悠也は紗智子のこと女としてすら見てもらえない。


「えっと。ゆうは、彼女、いないの?」

「いねーよ」

「でも、カラダのお友達はたくさんいるのね?」

「それ、訊くのかよ? 別れたけど」

「は? 全員?」

「さっきメールした」


 って、どんだけ外道なのさ。

 しかし、メールで一掃できてしまう関係って……

 子供だって出来てしまう程の深い関係を結んだ相手だというのに、このサバサバとした態度。

 紗智子の大嫌いな遊び人、外道を地でいく素顔を知っても、嫌いになれない。


「ごめん……俺のこと軽蔑した?」

「した」

「嫌いに……なったよな?」

「なれたら苦労しない」

「俺のこと、好き?」

「──解らなくなった」


 紗智子の言葉に、悠也は顔を青くする。

 いつもの辛辣毒舌、クールな悠也が、信じられない程弱々しい。


「ゆうは──ずっと、傍にいてくれた。いつも私を見ていてくれたし、言いづらい本当のことをちゃんと言ってくれた有り難い人。その優しさが好き。でも、今日女の子とイチャイチャしてて──でも彼女じゃないって知って、びっくりしてる」

「──どうしたらいい?」

「え? どうもしないよ。だってゆうはゆうだし──友達だから、幻滅してもそれでも付き合っていけるし」

「それだけじゃ、もう無理だ」

「えっ?」

「もう、我慢できない」


 どういうことだろう?

 もう友達としてやっていけないってこと?

 やっぱり、本命の彼女に悪いから?


「ごめん──私が女じゃなければよかったんだね」

「何でだよ? 俺、サチが女じゃなきゃ嫌だ!」

「わっかんないよ! もう友達としても付き合っていけないって、それって本命の彼女に悪いからってことでしょ?」

「違う! なんでそうなるんだよ?」

「ゆう、あなた、好きな人いるんでしょ?」

「──いるよ」


 予想通りの回答なのに、紗智子は凹んだ。

 胸がつきりと痛む。

 悠也の本命の女の子。きっと、紗智子とは正反対の、可愛くて優しい子なんだ。


「可愛い?」

「誰よりも可愛い」

「優しい子?」

「──解りにくいけど」


 訊けば訊くほど、胸が痛い。もうズキズキと痛い。息が出来ない。

 なのに、その子のことが知りたいと思ってしまう。自分を追い込みたいのか傷つきたいのか。

 そんな判断すらも出来ない程、紗智子は狼狽えている。


「告白、したの?」

「してるつもりなのに──解ってもらえない」

「解っていてもわざと気づかないフリ、してるとか」

「そうなのか?」


 って、なんで紗智子を責める口調になっているのだろう?

 紗智子のことじゃないのに。


「ゆう、素直にきちんと告白してみたら? ゆうならきっと解ってもらえるよ。彼女、付き合ってる人いないの?」

「いない」


 断言できる程、近しい人なんだ。

 そう思うだけで、また落ち込む。もう、浮上できない程だ。

 今まで散々悠也に恋愛相談を持ちかけてきたけれど、逆の立場がこんなにも辛いとは。

 やはり──友達として続けていくのは無理だ。

 切ない。辛い。


「なあ、サチだったら、どんな告白されたい?」


 何で好きな人からこんな相談を受けなければならないのだろう。

 紗智子の知らない相手へ、悠也が告白するシチュエーションなんて。

 考えたくもない!


「カボチャパンツに白いタイツ」

「はあ?」

「真っ赤な薔薇の花束を年の数持って、跪いて愛してるって」

「ふざけんな!」

「だって、相手のこと好きなんでしょ? なら、それぐらいのことしたら、王子様?」

「王子様幻想持ってたのかよ」

「悪い? 女の子はいつでもお姫様でいたいものよ」


 ──冗談だ。

 そう、言おうと思ったら。


「──解った」

「は?」

「王子様だな。やってやるよ。覚悟しとけ?」

「あ、あのう……?」

「白タイツにカボチャパンツだと? ついでに王冠被ればいいのか?」

「ゆ、ゆう……?」

「演劇部に行けば借りられるか? 首を洗って待っとけ」

「はっ? なんで私?」

「俺が告白する相手がお前だからだよ、紗智子」

「はあああああ?」

「王冠被って、白いタイツにカボチャパンツ。白馬に跨がりゃ完璧か?」

「ちょ、ちょ、ちょっ……」

「俺が好きな女はお前だ! ずっと好きだった。幼稚園の頃からだ。お前はずっと俺のこと友達以上には思ってないって知っていたから何も言わなかったが」

「待って! ゆう、本気?」

「俺の本気を見せてやるよ。明後日でいいか?」

「やだっ! 冗談だから!」

「はあ? お前、今更俺のこと好きって言ったの冗談にするなよ」

「そっちじゃないってば!」

「じゃあ、なんだよ?」

「王子様!」

「はあああ?」

「王子様コスは──興味あるし、見てみたいけど──あれ、冗談だから」

「ふっざっけんなっ!」

「ごめん。でも、薔薇の花束は欲しいかも」

「お前、ふざけんなよ。だから、結局こんななし崩しになっちゃったじゃねーか! いいのかよ? それなりに夢見たシチュエーション、あったんだろ?」

「あったよ。夕日に染まったお部屋で二人、甘く優しく愛を交わすの」

「──夕日、差し込んでる。え? ヤっていいの?」

「もう! デリカシーなさすぎ!」

「ふざけんなし!」


 二人一瞬、顔を見合わせブッと噴き出し、その後揃って笑い出す。

 ひとしきり、笑い合って、悠也は優しい瞳で紗智子を見つめる。


「サチ。好きだ。もう、ずっと好きだった。俺の彼女になって」

「絶対浮気しないでね?」

「ああ、しない」

「キスもエッチもダメ」

「ああ」

「手を繋ぐのも、抱き締めるのも」

「ああ」

「二人きりで食事も」

「うん」

「二人きりで会うのも、ヤ」

「──うん」

「……間があった」

「お前もな。お前が男と二人きりで会ったとか知ったら、気ィ狂うかも」

「解った」

「なあ、返事は?」


 悠也が甘く、紗智子に囁く。

 初めて知った悠也の恋人への態度は──甘い。

 紗智子はうっとりと微笑み、返事の代わりに悠也の頬に軽く、羽毛のようなキスをした。

 離れる瞬間、悠也の顔を覗き込み──そしてその瞳の甘さと柔らかさに見蕩れる。

 やっぱり、悠也は綺麗だ。


「大好き、ゆう」


 息のかかる程の距離で見つめ合う。

 お互いの瞳の中に自分の姿を認め、二人は甘く微笑み合う。


「愛してる、サチ」


 悠也がその綺麗な瞳を閉じる。

 睫毛が長い、と見蕩れていたら、徐々にその顔が近づいてきて──唇に温もりを感じた。


 一瞬だけ感じた悠也の唇は、ひどく優しかった。




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