第5章:銀貨の味と、冷たい視線
安酒の酸っぱい臭いと、肉を焼く煙が立ち込める酒場『黒犬の尾亭』。
レクスはカウンターの隅に座り、数日ぶりにありついた温かい大麦のスープを口に運んだ。喉を焼くような安いエールが、空っぽだった胃袋に染み渡る。
「……生き返るな」
ガザルから受け取った銀貨は、確かにレクスの命を繋いでいた。
だが、その安堵を破るように、背後から重い足音が近づいてくる。
「おいおい、そんな泥水みたいな酒で満足か? これだから傭兵上がりの『野良犬』は、安上がりで羨ましいよ」
振り返ると、そこにはレクスと同年代の男が立っていた。
名前はヒューゴ。レクスとは対照的に、手入れの行き届いた軽装の革鎧を纏い、腰には細身の魔術剣を下げている。迷宮の四階層を中心に活動する、この界隈では名の知れた若手冒険者だ。
ヒューゴはレクスの隣の席に腰掛け、値踏みするような視線を投げかけた。
「三階層の『根の処刑人』を一人で狩ったんだって? 運が良かったな。だけどさ、あんな安い素材のために命を賭けるなんて、効率が悪すぎると思わないか?」
「生きるために戦う。それだけだ」
レクスは視線をスープに戻し、淡々と答える。
「ハッ、それが犬の限界ってやつだ」
ヒューゴは冷たく笑い、自身の綺麗な手を眺めた。
「俺たちは命をドブに捨てるために迷宮に潜るんじゃない。スマートに、確実に富を掴む。お前みたいな『その日暮らしの執念』だけで動く奴は、四階層の本当の闇に飲まれて死ぬぜ」
挑発的な言葉。しかし、レクスの心は揺るがなかった。
ただ、ヒューゴの指先にある、剣を握り慣れた独特のタコをレクスの目は見逃さない。口は軽いが、腕は確かだ。
「死ぬかどうかは、俺の牙が決めるさ」
レクスは最後の一口を飲み干し、銀貨をカウンターに置いた。
二人の間に流れるのは、決して交わらない、だが互いの実力を認めざるを得ない冷たい火花だった。




