第34章:炭化の檻、あるいは灰の揺り籠
熱が消え、光が死んだ。
白銀の炎が焦土を焼き尽くした後に残されたのは、不気味なほど冷え切った、黒い灰の静寂だけだった。
大門の前に立っていた『純白の騎士』は、胸甲の『複製核』を粉砕され、ただの歪な屑鉄の塊となって泥水へと崩れ落ちていた。神代の装甲は一瞬で光沢を失い、内部から噴き出した植物の根も、すべて炭化して脆い灰へと変わっていく。
だが、その怪物を屠ったレクスの姿もまた、生者のそれとはかけ離れていた。
「……ぁ……、お……」
ヒューゴが陥没した胸を押さえ、泥の中にまみれながら、血の泡混じりの声を絞り出す。
彼の視線の先。レクスは、ガザルの鉄槌を握り締めた姿勢のまま、微動だにせず直立していた。
彼の左半身は、完全に『炭』と化していた。
純白の騎士から逆流した超高熱のエネルギーを直接浴びた左腕は、皮膚も筋肉も焼き切れ、黒く焦げ付いた骨と繊維が剥き出しのまま鉄槌の柄に融着している。そして、ガザルの眼帯をねじ込んでいた左胸の空洞――その奥の檻に閉じ込められていた『生身の心臓』は、白銀の炎に直接炙られたことで、黒く煤けた石のような異形へと変質していた。
ドク、……ドク、……と。
数秒に一度、忘れた頃に響く、冷たく乾いた金属的な拍動。それはもう、生物の刻むリズムではなかった。迷宮の自動工場と同じ、冷徹な駆動音だ。
「レクス……嘘でしょう。あなた、本当に……」
ニクスが血の滲む指先で岩肌を掴み、驚愕に目を見開く。
レクスの左半身の炭化した肉の隙間から、黒い血液の代わりに、第六階層で見たあの『白く太い植物の根』が、血管のようにうねりながら湧き出し、彼の壊れた肉体を強引に「縫合」し始めていたのだ。
彼は迷宮のエネルギーを喰らい、その肉体を『神代のゴーレム』と同じ構造へと再構築させていた。
カサリ、と音がして、レクスはゆっくりと首を動かした。
残された右眼には、生前の知性も、野良犬としての飢えも消え失せ、ただ迷宮の深淵そのものが持つ、底なしの暗黒だけが宿っているように見えた。
「……親父、は……」
喉の奥から漏れ出たのは、人間の声帯が擦り切れたような、不快な金属摩擦の音だった。
レクスは炭化した左腕を強引に引き剥がし、ガザルの鉄槌を泥の中に突き立てると、残された右腕で、刃こぼれした大剣を拾い上げた。彼の意識の大部分は、すでに体内の暴走する心臓によって上書きされ、ただ一つの「強迫観念」だけが、彼の肉体を動かしていた。
ガザルを連れ去った、第六階層の『神代の火床』。あそこへ戻り、すべてを叩き潰す。それ以外の思考が、彼の脳から完全に削ぎ落とされていた。
「待ちなさい、レクス! その身体でこれ以上降りたら、あなた自身が完全に迷宮のシステムに呑み込まれるわ!」
ニクスが制止の叫びを上げるが、レクスは振り返りもしない。
彼はただ、炭化した足を引きずりながら、再び黒いガスが噴き出す迷宮の『大門』の奥へと、音もなく歩みを進めていく。その背中は、もはや生存を渇望する狼ではなく、死を撒き散らす不条理な「兵器」そのものだった。
「行くよ、ニクス。……僕たちの計算は、もうとっくに破綻している。……あの狂犬の最期を、特等席で見届けるのが、僕たちの仕事だろう?」
ヒューゴは粉々に砕けた魔術剣の破片を泥の中から拾い集め、それを自身のちぎれかけた革鎧の隙間に強引にねじ込みながら、歪んだ笑みを浮かべた。彼もまた、レクスの狂気に完全に感染していた。
三匹の、今や化け物へと変質しつつある獣たちが、再び第一階層の闇へと静かに消えていく。
――しかし、彼らが去った後の焦土の街。
純白の騎士の残骸が転がる泥水の底から、ジュク、ジュクと、不気味な液体の音が響いた。
粉砕されたはずの『複製核』の破片が集まり、溶けた白銀の装甲と混ざり合いながら、新たな、さらに巨大な『繭』を形成し始めていた。
そして、その繭の表面に刻まれていたのは、神代の文字ではない。
かつてレクスが裏切られた傭兵団の支給軍服の切れ端と、そこに血で殴り書きされた、『レクス、お前が最初から【主】だったんだよ』という、死んだバルトの歪な筆跡だった。
夜明けの来ない燃える街の片隅で、世界を真の破滅へと導く、最悪のバグが急速に孵化を始めようとしていた。




