第33章:純白の断頭台、あるいは鉄槌の反逆
白銀の装甲が、赤黒い焦土の照り返しを冷酷に弾き返した。
大門の前に降臨した『純白の騎士』は、駆動音すら立てない。ただ、その胸甲に埋め込まれた『複製核』が脈動するたび、周囲の燃え盛る火炎が、まるで酸欠を起こしたように一瞬で掻き消えていく。地上の酸素と魔力を、その心臓がすべて強制簒奪しているのだ。
「……個体名『レクス(偽物)』。……機能の停止を、宣告する」
レクス自身の生前の声。それは、十年間泥水をすすって枯れ果てた今の声とは違う、まだ若く、希望を信じていた頃の、瑞々しくも冷徹な響きだった。
次の瞬間、世界の時間が跳んだ。
――ドガァァンッ!!
詠唱も、予備動作もない。純白の騎士が一歩を踏み出したと同時に、レクスの視界は上下反転し、強烈な衝撃と共に地面の泥の中へと叩きつけられていた。大剣を盾にする間すらなかった。右肩の骨が完全に砕け、右手から大剣が滑り落ちる。
痛覚は死んでいる。だが、右腕が脳の命令を拒絶し、ピクリとも動かない。物理的な破壊。
「レクス……ッ!!」
ヒューゴが叫び、自身の血を限界まで注ぎ込んだ魔術剣の断頭刀を、横から騎士の首元へと叩きつけた。魔力遮断の鉄殻が火花を散らす。しかし、純白の騎士はその一撃を、振り返ることもせず、左の背甲から生み出した『神代の鉄の触手』一本で易々と受け止めた。
パキン、と乾いた音がして、ヒューゴの魔術剣が文字通り粉々に粉砕される。
「が、はっ……あ、ああ……!」
武器を砕かれたヒューゴは、その衝撃だけで数メートル吹き飛んだ。胸の骨が陥没し、泥水の中でピクピクと痙攣しながら、もはや指一本動かす気力すら残されていない。
ニクスがその影から滑り込み、指の骨を剥き出しにしながら鋼糸を騎士の関節に絡みつけようとするが、騎士の胸のコアが放つ圧倒的な斥力によって、糸は触れる前にすべて消し炭へと変わっていく。
圧倒的な、絶対の拒絶。
迷宮が地上を喰らうために生み出した『本物のレクス』の完成形を前に、満身創痍の三獣は、一分と持たずに完全に瓦解した。
純白の騎士は、泥の中に伏したレクスを見下ろした。
その右腕の黒い大刀が、レクスの首筋へと静かに据えられる。冷たい鉄の感触。それは、かつてバルトがプロローグで見せた、冷徹な処刑の構えそのものだった。
(ここまで、か……)
右腕は動かない。ヒューゴもニクスも倒れた。誰も来ない。救いはない。
だが、レクスの左胸の奥、ガザルの眼帯をねじ込んだ『黒鉄の檻』のさらに底で、背中に背負った『ガザルの鉄槌』が、騎士の放つ神代の魔力に呼応するように、不気味な重低音を立てて共鳴し始めた。
ドクン……、ドクン……。
心臓の脈動ではない。鉄槌の内部に仕込まれていた、老ドワーフが一生をかけて溜め込んできた『迷宮への怨嗟のルーン』が、騎士の胸のコアの魔力を喰らって、逆に内側から沸騰し始めたのだ。
「……親父の玩具が、まだ死んでねえってよ」
レクスは血走った左眼を開き、不敵に、狂気的に口元を歪めた。
動かない右腕を捨て、残された左手で、背中の『ガザルの鉄槌』の柄を泥まみれになりながら鷲掴みにする。
自分が偽物だろうが、世界が死のうが、そんなことはどうでもいい。
この鉄槌に込められた、泥水をすすって生きてきた職人の誇りと、狼の飢え。それだけが、この終わりの嵐の中で唯一の『本物』だった。
「落ちろ、綺麗なオレ」
レクスは左手の全筋肉を爆発させ、首筋の大刀を強引に弾き返すと、地を這うような姿勢から、純白の騎士の胸甲――あの脈動する『複製核』に向けて、ガザルの鉄槌を真っ直ぐに突き立てた。
――ゴォォォンッ!!!
鉄槌がコアに激突した瞬間、焦土の街のすべての光が掻き消え、純白の装甲に、蜘蛛の巣のような『黒い錆の亀裂』が一気に広がり始める。
しかし、それは勝利の合図ではなかった。
破壊されたコアから、制御を失った神代の超高熱の『エネルギーの濁流』が、レクスの左腕、そして彼の剥き出しの左胸の心臓へと、逆流するように一気に流れ込んできたのだ。
「が……あ、ああ、あああああああっ!!!」
レクスの左半身が、白銀の炎に包まれて激しく燃え上がる。
肉が融け、骨が炭化していく。しかし、狼の左手は、鉄槌の柄を握ったまま、決して離そうとはしなかった。
崩壊していく純白の騎士の残骸と、自らも内側から灰へと変わりゆくレクスの異形が、激しい閃光の中で一つに溶け合っていく。第2巻の幕開けは、自らを焼き尽くす、最悪の自爆劇によって塗り潰された。




