第2章:血を流す根
迷宮の三階層。湿った泥の臭いに混じり、かすかな鉄の匂いが鼻を突いた。
「……罠か?」
レクスは暗闇に目を凝らす。
通路の真ん中に、ぽつんと一本の美しい銀の長剣が突き刺さっていた。まるで「拾ってくれ」と言わんばかりに。
初心者なら飛びつくだろう。だが、十年泥水をすすった狼の直感が、背筋を冷たく鳴らした。
ボタ、と天井から赤い雫が折れた大剣の肉厚な刃に落ちる。
見上げた瞬間、暗闇が割れた。
引きずり出されたのは、無数の太い「樹の根」で編み上げられた、人の形をした異形。
その顔面にあたる部分には、干からびた人間の頭蓋骨が埋め込まれ、心臓のあった場所には、怪しく発光する植物の結晶が脈打っている。
怪物の右腕は、完全に一本の鋭利な鉄槍と一体化していた。
キチキチキチ、と頭蓋骨の顎が噛み合わされ、嫌な音が響く。
「死体の武器を奪って育つ、動く根っこか……! 面倒なやつを引いたな」
怪物が凄まじい速度で突進し、右腕の槍を突き出してきた。
風を切り裂く一撃。レクスは寸前で身を翻すが、頬がかすかに裂け、血が滴る。
(速い。まともに打ち合えば、ガザルの親父から買った大剣がまた折れる)
怪物は再び槍を引く。その一瞬の隙を、レクスは見逃さなかった。
彼は懐から、先ほど拾った「ただの石ころ」を、怪物の胸の結晶へと全力で投げつけた。
パチン、と乾いた音がして結晶にヒビが入る。
怪物が一瞬、痛みに動きを止めた。
「そこだ!」
レクスは一歩踏み込み、大剣の重みを乗せて、怪物の「足元」――地面に深く根を張ろうとしていた細い触手をまとめて叩き斬った。
植物だ。どれだけ強力な武器を持っていても、地面から引き剥がされればバランスを崩す。
体勢を崩した異形の胸へ、レクスは体重のすべてを浴びせて大剣を突き立てた。
バリ、と結晶が砕け散る。
人間の悲鳴のような風の音が洞窟に響き、怪物はただの枯れ木のように崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ……。チート能力なんて、やっぱりどこにも転がってねえな」
残されたのは、血の匂いと、荒い息遣いだけ。
レクスは傷口を無造作に拭い、また一歩、暗闇の奥へと足を進めた。




