第26章:生産ラインの悪夢、あるいは逃頭の算段
地面が鳴っていた。規則正しく、冷徹に。
赤黒い溶岩の照り返しが、暗闇の奥から這い出してくる金属の影を次々と浮き彫りにする。一体、三体、五体――どれも先ほどレクスたちが死に物狂いで解体した金属人形と同型、あるいはそれ以上に厚い装甲を施された最新ロットの殺戮兵器だ。
「……ハッ、冗談だろ。あんなものを相手に、効率的な計算が成り立つわけがない」
ヒューゴは血と煤にまみれた断頭刀を杖代わりにし、吐き捨てるように笑った。
彼の魔術剣は、先ほどのショートによる過負荷で、刀身の表面が魚の鱗のように細かく剥がれ落ち始めている。一度なら通用した力技も、この軍勢を前にしてはただの自殺志願でしかなかった。
「ニクス、灰色ギルドの監査官サマ。この工場の稼働、お前の『想定内』か?」
レクスは大剣の切っ先を鉄滓の海に突き立てたまま、隣の少女を横目で睨みつけた。
左胸の黒鉄の檻が、ボルトの締め付けに耐えかねてギチギチと嫌な音を立てている。心臓は冷たく沈黙しているが、体内の熱量が限界近くまで上昇しているのを、乾ききった喉が伝えてきた。
「……ギルドの記録では、この『火床』は三百年前に燃料が枯渇して沈黙したはずよ。誰かが奥の制御盤を強引に叩き起こしたのよ、間違いないわ」
ニクスは血の滲む指先で、残された最後の鋼糸を強く引き絞った。彼女の瞳にあるのは、いつもの計算高い余裕ではなく、裏社会の調停人としての冷たい憤りだった。
「まともにやり合えば、三分で肉片ね。レクス、ヒューゴ。――引くわよ」
「どこへ逃げる。後ろはさっきの不浄の沼だぞ。あの死体どもの中へ戻れってか?」
「ギルドが用意した『間道』があるわ。ただし、そこを通るなら今回の報酬(金貨二十枚)は完全に白紙。……どうする? 狼さん」
ニクスの問いに、レクスは不敵に口元を歪めた。
じわじわと近づいてくる金属の足音。機械の歯が擦れ合う音が、洞窟の壁を伝って鼓膜を不快に震わせる。目先の金を追ってここで死ぬか、プライドを捨てて泥水をすすり、次の牙を研ぐか。
「金がなきゃ、明日も生きていけねえ。……だが、野垂れ死んだら、その金を呪うこともできねえからな」
レクスは大剣を背中の鞘へと乱暴に収め、ヒューゴの襟元を鷲掴みにした。
「おい、天才サマ。逃げるぞ。足が折れてもついてきやがれ」
「君に言われなくても、僕はスマートに撤退するさ……っ!」
ヒューゴは痛む足を引きずりながらも、残ったわずかな生命力を振り絞って地を蹴った。ニクスが先行し、鉄の歯車の隙間、肉眼では絶対に見落とすような人工的な『亀裂』の奥へと滑り込んでいく。
背後では、生産ラインから送り出された最初の金属人形が、レクスたちのいた場所の鉄滓を巨大な破砕杭で粉砕する轟音が響いた。
一歩、また一歩と、狭く湿った間道を這うようにして進む三匹の獣。
しかし、逃げ延びた先、間道の奥から漂ってきたのは、上層のどれとも異なる、甘く冷たい**『新しい花の匂い』**だった。第六階層の地熱の中に、存在してはならないはずの生い茂る緑の気配。
レクスは暗闇の中で立ち止まり、左胸の鉄殻を手で押さえた。
檻の中で、完全に眠っていたはずの彼の本物の心臓が、その花の匂いに呼応するように、ドクン……と、かつてないほど激しく激痛を伴って跳ねた。




