第25章:断裂の火花、あるいは残響の深淵
――ギィィィンッ!
空間を圧する硬質な破壊音が、第六階層の歪な天井を激しく震わせた。
レクスが放った渾身の唐竹割りが、金属人形の顔面――あの人間の歯を模した醜悪な鉄の顎を、文字通り真っ二つに叩き割ったのだ。火花が狂ったように四散し、装甲の割れ目から沸騰した黒い植物の液体がドロドロと噴き出す。
しかし、神代の兵器はまだ止まらない。
頭部を完全に喪失しながらも、内部でうねる太い根の束が、金属の肉体を強引に駆動させていた。怪物の左腕の破砕杭が、最後の蒸気圧を爆発させ、レクスの脇腹へと真横から突き出される。
「チッ……! 動く死体よりもしぶてえな!」
避ける時間はなかった。レクスは咄嗟に左肘を締め、肋骨に打ち付けられた『黒鉄の檻』の側面でその直撃を受け止めた。
――ドゴォォンッ!
鈍い、肉体同士の衝突とは思えない衝撃。
レクスの身体は鉄滓の海を十メートル以上も弾き飛ばされ、背後の巨大な鉄の歯車に激しく背中を叩きつけられた。もし心臓がそのまま露出していれば、その衝撃の圧力だけで肉塊へと変わっていただろう。ガザルの打ったボルトが軋み、皮膚の隙間から不気味な熱が抜けていく。痛覚は死んでいるが、体内の平衡感覚が狂い、視界が二重にブレる。
「レクス! 離れろ!」
岩陰から影のように跳んだのはニクスだった。
彼女の裂けた指先から放たれた極細の鋼糸が、金属人形の残された関節部のパイプへと瞬時に巻き付く。ニクスは自らの身体を振り子のように使い、怪物の巨体を強引に岩壁へと引きずり戻した。
「ヒューゴ! その大振りの玩具(断頭刀)で、根の芯ごと叩き斬りなさい!」
「言われなくても……これで終わりだ!!」
ヒューゴは残った全ての力を両腕に込め、泥と油にまみれた魔術剣を怪物の剥き出しの胸部へと突き立てた。魔力遮断の鉄殻が、怪物の内部の神代の魔術刻印と接触し、激しいショートを引き起こす。
バリバリバリッ! と青白い電流が怪物の巨体を駆け巡り、内部の植物の根が、高熱の電流によって一瞬で黒焦げの炭へと変わっていった。
――ガシャアン。
駆動源を完全に失った屑鉄の巨体が、ただの重い廃棄物として、鉄滓の海へと沈み込んでいく。
静寂が、再び高熱の空洞を支配した。
「はぁ……はぁ……。死ぬかと、思った……」
ヒューゴはその場に膝をつき、新調された剣の柄に額を押し当てて激しく息を切らせた。端正だった彼の顔は煤と血で黒く汚れ、魔術師の気品など欠片もない。だが、その目には、生き残った者だけの確かで冷たい光が宿っていた。
レクスは歯車に背を預けたまま、ゆっくりと立ち上がった。左胸の鉄殻からじわりと染み出す黒い血を無造作に拭い、不敵に口元を歪める。
「悪くない連携だったぜ、へっぽこ。……だが、本番はこっからのようだ」
レクスの言葉に、ニクスが鋭い視線を暗闇の奥へと向けた。
――アン、カン、アン、カン。
激しい息遣いだけが響く静寂の奥。第六階層のさらに深い地底から、小さく、だが妙に規則正しい『鍛造の音』が響いてきた。それは、生身の職人が叩く軽快な槌の音ではない。
重厚で、冷徹で、まるでこの迷宮そのものが自らの心臓を叩いて作り直しているかのような、地響きを伴う巨大な鉄槌の響き。
音の鳴る方を見据えたニクスの顔から、完全に血の気が引いていた。
「……嘘でしょ。あの音……ギルドの記録にある『神代の火床』の、自動製造ラインがまだ生きているの……?」
暗闇の奥、赤黒い溶岩の光が薄く広がり始める。
そこから響いてくるのは、一体や二体ではない。今倒したばかりの金属人形が、さらに洗練された形状で『次々と鋳造され、行進してくる』無数の駆動音だった。
狼たちが辿り着いたのは、単なる怪物の巣ではない。
侵入者をすり潰すために今なお稼働し続ける、神代の殺戮兵器の『工場』の真っ只中だったのだ。




