第23章:神代の火床、あるいは鉄屑の歌
第六階層。そこは、これまでの上層とは完全に異なる不条理な空間だった。
腐肉の沼の悪臭は消え失せ、代わりに鼻腔の奥を強烈に刺すのは、超高熱で焼かれた硫黄と、乾いた油の煤の臭いだ。
「……息が、詰まるな」
ヒューゴが新調された魔術剣の無骨な柄を握り締め、煤けた天井を見上げた。
そこには岩盤がなく、巨大な鉄の歯車や錆びついた油圧パイプが、まるで死んだ巨人の内臓のように剥き出しのまま静止していた。足元を満たすのは泥ではなく、数百年前に流れてそのまま固まった、どす黒い鉄滓の海だ。
ドク、……ドク、と。
レクスの左胸、四本のボルトで肋骨に直接打ち付けられた『黒鉄の檻』の奥で、彼の本物の心臓が不規則な拍動を刻む。熱を遮断する怪物の殻がなければ、この階層の異常な地熱に触れた瞬間、心臓の肉は内側から沸騰していただろう。痛覚は死んでいる。だが、鉄殻の隙間から染み出す肉の繊維が、熱を帯びてじりじりと焦げる感覚だけが、自分がまだ「形を保っている」ことを教えてくれた。
「ここが『神代の鍛冶場』の入り口よ。警戒を怠らないで」
先行するニクスが、新しく巻き直した鋼糸の束を指先で弄びながら声を潜める。
彼女の視線の先、鉄滓の海のあちこちに、不自然な「屑鉄の山」が点在していた。それは、ただの廃棄物ではない。よく見れば、人間の騎士の甲冑を歪に引き伸ばし、四肢をすべて鋭利な杭に改造したような、人型の金属人形の残骸だった。
いや、残骸ではなかった。
――キチ……、ギギギギギ。
最も巨大な屑鉄の山が、不意に耳障りな駆動音を立てて震え始めた。
中央の胸甲にあたる部分が左右に割れ、そこから覗いたのは、あの五階層の怪物たちと同じ、赤黒く変色した『植物の太い根』だった。しかし、その根は死体を操るためではなく、高熱の鉄パイプを血管代わりにし、自らを金属の肉体へと融解させていた。
「魔術人形の骨組みに、迷宮の植物が自ら溶接されたのか……! 冗談だろ、こんなのどうやって解体する!」
ヒューゴが叫び、魔術剣を構える。彼の目が、怪物の関節部に刻まれた、見たこともない複雑な神代の魔術刻印を捉えていた。魔力を吸い取るどころか、周囲の熱量をそのまま物理的な駆動力に変換する、永久機関の成れの果て。
金属人形の頭部に当たる鉄仮面が跳ね上がり、中から人間の、剥き出しの「歯」だけがびっしりと並んだ異形の顎が覗く。
「……侵入……者……破砕……」
蒸気を噴き出しながら、金属の怪物が鉄滓の海を割って突進してきた。その速度は、四階層の怪物の比ではない。
「ヒューゴ、下がってろ! お前の新しい玩具の強度は、後で試してやる!」
レクスは背中の大剣を引き抜き、不敵に口元を歪めた。
心臓を鉄で縛り、痛みを捨てた狼が、神代の火床で最初の牙を剥く。




