第12章:帰還の天秤、あるいは冷たい分け前
未踏の鉱脈から這い出した二人の影は、深夜の『黒鉄堂』の重い木扉を押し開けた。
出迎えたのは、錆びた鉄と乾いたオイルの、いつもと変わらぬ嫌な臭いだ。
「……ほう。ずいぶんと安い死体袋になって戻ってきたじゃねえか」
カウンターの奥、ガザルは片目でレクスたちの惨状をじろりと睨みつけた。
レクスの脇腹は黒く変色し、大剣の刃は怪物の鉄液で無残に焼き付いている。隣のヒューゴに至っては、自慢の軽装鎧が引き裂かれ、歩くたびにカチカチと歯の根を鳴らしていた。
「親父、これの査定を頼む」
レクスは懐から、あの怪物の心臓部から抉り出した銀色の鉱石をカウンターへと転がした。
鈍い音を立てて置かれた結晶は、暖炉の赤い火を浴びて、奇妙なほど透き通った銀色の光を放つ。
ガザルの隻眼が、一瞬だけ見開かれた。
彼は愛用のパイプを灰皿に叩きつけると、分厚い手で鉱石を掴み、何度も角度を変えて観察した。
「……『星銀の涙』か。四階層の奥、ただの鉄鉱脈の中にこいつが混じっていやがったか。あの『灰色ギルド』の小娘が直々に動くわけだ」
「いくらになる」
レクスの問いに、ガザルはしばらく沈黙した。古い秤に鉱石を乗せ、分銅を一つずつ置いていく。
「通常なら金貨五枚。だが、裏の調停人がすでに利権を承認したとなると、ギルドへの上納分を引いて……金貨三枚。それが俺が出せる限界だ。これ以上を望むなら、街のまっとうな商人に売って、翌朝に路地裏で首を吊ることになるぜ」
金貨三枚。泥水をすすってきたレクスにとっては、半年は遊んで暮らせる大金だった。
レクスは視線を、隣で黙り込んでいるヒューゴへと向けた。
「ヒューゴ。お前の地図と知識、それに最後のクソ魔術がなきゃ、こいつは手に入らなかった。……半分だ」
ガザルがカウンターに並べた三枚の重い金貨。レクスはそのうちの一枚を掴み、もう一枚をヒューゴの前へと押し出した。
残った一枚。それは二人の「共同の取り分」として、中央にぽつんと取り残される。
ヒューゴは金貨を見つめたまま、すぐには手を伸ばさなかった。彼の綺麗な手は、今や泥と怪物の返り血で黒く汚れている。
「……皮肉だな。スマートに、効率よく稼ぐはずが、人生で一番泥臭い戦いをして、手に入れたのがこの一枚か」
ヒューゴは自嘲気味に笑うと、乱暴に金貨を掴み、懐へと仕舞い込んだ。だが、その目からは、四階層で罠に嵌まった時の絶望は消えていた。
「残りの一枚は、君が持っていけ、野良犬。その代わり、ガザルの爺さん。僕のこの魔術剣の修復と、四階層の『主』の殻を使った補強、全部その金貨一枚でやってもらう」
「ケッ、人使いの荒いガキだ。だが、いい素材が手に入った。職人の腕が鳴るじゃねえか」
ガザルは鼻で笑い、中央の金貨を回収した。
レクスは自分の取り分である一枚半(金貨一枚と、ガザルが細かく割った銀貨の山)を財布に収め、ようやく大剣を壁に立て掛けた。
「これで、しばらくは美味い飯が食えそうだな」
「ああ。だけど、次は負けないよ、レクス。僕の魔術が完全に修復された時、その牙が本当に鋭いかどうか、もう一度試させてもらう」
ヒューゴは背を向け、店を出て行った。
二人の間に生まれたのは、友情などという生ぬるいものではない。互いの利害とプライドを天秤にかけ、ギリギリで均衡を保つ、冷たい信頼関係だった。
レクスはガザルから手渡された安いエールの入ったコップを干し、夜の街の冷たい空気の中に、ふっと白い息を吐き出した。狼の夜は、まだ始まったばかりだった。




