第11章:不条理の破片、あるいは牙の証明
大剣の刃が怪物の肉に深く突き刺さる。しかし、手応えは最悪だった。
肉だと思ったその部位は、ドロドロに溶けた高熱の鉄液と半ば一体化した、半植物性の強靭な繊維だった。刃を締め付けるように絡みつき、レクスの自慢の剛腕をもってしても引き抜けない。
「チッ……! どこまでもしぶとい根っこめ!」
怪物の複眼が怒りで赤黒く明滅する。バランスを崩しながらも、残された左の鉄脚が、レクスの脇腹を狙って真横から薙ぎ払われた。
避ける足場はない。
「レクス!」
背後からの叫び。同時に、レクスの視界の端で、薄い緑色の光の膜が弾けた。
ヒューゴが即座に展開した『風の障壁』。だが、冷水で体力を奪われた彼に、怪物の圧倒的な質量を相殺するほどの出力は残っていない。
パリィィン、と薄氷が割れるような音が響く。
衝撃は完全に殺せなかった。レクスは脇腹に容赦ない打撃を受け、大剣を手放して岩壁へと激しく叩きつけられた。
「ガハッ……!」
口から苦い血が溢れる。肋骨が悲鳴を上げていた。
怪物はレクスを確実にとどめ刺すべく、その巨体を持ち上げ、残る全てのパイルを頭上へと掲げる。
その時、怪物の背後に、泥まみれになりながら這い寄る男の影があった。ヒューゴだ。
彼の魔術剣の刀身はすでに限界を迎え、ひび割れた刻印から白い煙を噴き出している。スマートさなど、そこには欠片もなかった。髪は乱れ、鼻血を流しながら、彼は杖の先端を、先ほど自分が穿った怪物の脚の「錆びた関節」へと直接突き立てた。
「おい、野良犬……! 貸しを三つにするのは、僕のプライドが許さないんだよ……!」
ヒューゴの体内で、残ったすべての魔力が暴走気味に一箇所へ集束する。
「爆ぜろ、『圧縮の烈風ブラスト』!!」
怪物の懐の狭い空間で、凝縮された空気が爆発的に解放された。
指向性を持たせた至近距離の衝撃破が、怪物の右半身の関節を内側から木端微塵に吹き飛ばす。ガザルの店で売られていたような、古い錆が一気に剥がれ落ち、怪物の巨体が今度こそ完全に傾いた。
その爆風を浴びながら、レクスはすでに動いていた。
折れた肋骨の痛みを、脳が恐怖を覚えるほどの冷徹さで無視する。
地面に転がった大剣の柄を右手で掴み直し、倒れ込む怪物の頭部――そこには、あの三階層の怪物と同じ、干からびた「人間の頭蓋骨」が、鉄の装甲の隙間から不気味に覗いていた。
「これで、終わりだ」
レクスは己の体重、重力、そして十年の泥水をすべて大剣の切っ先に乗せ、剥き出しの頭蓋骨へと垂直に踏み下ろした。
ゴキィィンッ!
鈍い、だが確実な破壊音が鉄の胎内に響き渡る。
怪物の全身が痙攣するように激しく震え、やがて駆動音を失ったただの重い鉄屑として、鉱脈の床へと沈み込んでいった。
静寂が戻る。
激流の音だけが、二人の荒い息遣いをかき消していく。
「……おい、生きてるか、スマートな魔術師様」
レクスは大剣を支えに立ち上がり、壁に背を預けてへたり込んでいるヒューゴを見た。ヒューゴは杖を放り出し、ただ天井を仰いでいる。
「最悪だ。服はボロ布、魔力は空っぽ。……これが君の言う『生き残る』ってやつなら、僕は二度と御免だね」
「そう言うな。ほら、お前の目当てのものがそこにある」
レクスが指差した先。砕けた怪物の心臓部から、黒い結晶に混じり、純度の高すぎる銀色に輝く未知の鉱石が、眩いばかりの光を放って転がり出ていた。
四階層の本当の果実が、ついに二人の前に転がった瞬間だった。




