↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/48

第9章:査定、あるいは三匹目の獣

 洞窟の空気が、急激に張り詰めた。

 水路の激流が立てる轟音さえ、その少女の登場によって遠くに追いやられたかのように錯覚する。


 レクスは大剣の柄を握ったまま、一歩も動かない。いや、動けない。全身の筋肉が、引き揚げたヒューゴの重みと冷水で悲鳴を上げていた。

 だが、その鋭い視線だけは、防砂布の奥にある少女の双眸を捉えて離さなかった。


「……いつからつけていた」


 レクスの低い声に、少女はクスクスと鈴を転がすような笑い声を漏らす。

 彼女は腰の異形の短剣に手をかけたまま、音もなく二歩、前へと進み出た。その足取りには、先ほどの泥臭いレースとは一線を画す、圧倒的な『軽さ』があった。


「一階層の、あの薄汚れた武器屋の前からよ。ガザルの爺さんに鉄クズを売りつけていた時から、ずっと」


「何だって……?」


 背後でヒューゴが、歯の根を鳴らしながら声を絞り出す。

 天才と自負していた自分が、四つの階層をまたいで完全に尾行されていた。その事実が、彼のプライドを底からへし折っていく。


「安心しなさいな、へっぽこ魔術師。目的はあなたたちの命じゃないわ。私はただ、この四階層の『未踏の鉄鉱脈』――その本当の価値を測りに来ただけ」


 少女はそう言うと、手首のリールから一本の極細の鋼糸を弾き出した。

 糸は生き物のように闇を泳ぎ、レクスたちが渡ってきた鍾乳石の架け橋の、さらに上部にある岩盤へと突き刺さる。彼女はその糸を軽く弾き、硬質な音を響かせた。


「ガザルの爺さんから情報を買った時点で、ヒューゴ、あなたの勝ちは決まっていたはずだった。けれど、迷宮の気まぐれ(無重力)を計算に入れられなかった。そこまでは、よくある凡才の限界よ」


 布越しの視線が、今度はレクスへと移る。


「驚いたのは、そこの野良犬。あなたよ。チート能力も強力な魔術もないくせに、自分の身体の重さと、安物の大剣の耐久値だけで、迷宮の法則を強引に書き換えた。……ねえ、傭兵上がり。その泥臭い牙、いくらで売ってくれるの?」


「あいにくだが、俺の牙は非売品だ」


 レクスは不敵に口元を歪め、一歩前に出る。大剣を静かに引き抜き、切っ先を地面に滑らせた。キチキチと、金属が岩を削る嫌な音が響く。


「借りを返すのが先だ。親父への不義理も、このスマートな男への貸しもな。お前が何者だろうと、俺たちの邪魔をするなら――ここで噛み殺す」


「いい目ね」


 少女は短剣から手を離し、両手を軽く挙げて見せた。降伏のポーズではない。ただの、興味の移行だ。


「私の名前は、ニクス。迷宮の利権を管理する『灰色ギルド』の調停人(オーディター)。これ以上の観察は不要ね。レクス、ヒューゴ。あなたたちの『共同戦線』に、この四階層の採掘権を正式に承認するわ」


 ニクスと名乗った少女は、懐から一枚の黒い金属製のプレートを取り出し、乾いた地面へと放り投げた。

 それは、迷宮の深部でギルドの保護を受けるための、絶対的な通行証だった。


「ただし、条件があるわ。その鉱脈の奥には、さっきの鉄砲水を意図的に引き起こした『主(ヌシ)』が眠っている。……野良犬の牙と、凍えた天才。二匹でどこまで抗えるか、特等席で見せてもらうわよ」


 言い終えると同時に、ニクスの身体がふっと闇に溶けるように掻き消えた。

 残されたのは、地面に転がる黒いプレートと、上流から響く、さらに巨大な地鳴りの音だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。