スーテラさんはなにを考えているんだろう(ルファ)
精算が終わった私達の元へ、小太りな中年がやってくる。
「どれ。シスターにも見捨てられた哀れな子羊達をワシが助けてやろうか?」
その中年は、見覚えがあるどころの話ではなかった。
私を借金まみれにした元凶だからだ。
「なんであなたがここに……」
「なに、ワシが胴元をやっている賭場に、聞き覚えのある風貌のシスターがいるというから見に来たまでよ」
「そうですか。あなたのお金であなたへの借金を返すというのは癪ですが、きちんと返済額は稼ぎましたから。これで教会取り壊しの話は取り消してくださいますよね?」
私は勝ち取った賭け金から、先代がこさえたという借金の額を抜き取って領主へ突きつける。
領主はその額を確かめたかと思うと、懐に入れてからこう言った。
「ふむ。確かに貸した額の元金分はあるみたいだ。それでは、利子の方も払ってもらおうか?」
「なっ……そんな話一言もしてなかったじゃないですか!」
「借金には利子がつきものだろう? ワシは、お主の教会の先代に貸した額を述べたまで。早とちりしてそれだけ返せばいいと思い込んだのはそちらではないか」
「……いくら払えばいいんですか」
「そうだな。二十年は貸しておるから、ざっとこの二倍は用意して貰わないと困るな」
このたぬきジジイ、最初から私が返すことを想定してなかった!
「返せない借金をふっかけて、一体なにが目的なんですか!」
「今返せないと言ったか? ならばワシの奴隷になって貰おうか? なに、ワシのものになった暁には、身寄りのなくなった子供もまとめて面倒を見てやろう。無論、商品としてな?」
腐れオヤジめ……! 最初からそれが目的か!
二十年も前なら向こうだって忘れていたはずなのに、今更言い出してむしり取ろうなんてどこまでも腐ってる。
そもそも、そんな借金本当にあるの?
私がなんとか活路を見出そうと頭を回していると、スーテラさんが割って入った。
「それがいつもの貴方の手口って訳ね。大商人、いえ、奴隷商人ジェスさん?」
「奴隷商人とは人聞きの悪い。借金を払えない人間を有効活用してやっているだけだ。何も悪い事はしてないではないか。むしろ悪いのは、借金を払えないやつらではないか?」
奴隷商人と揶揄された領主のジェスは、なんら悪びれる事なく開き直った。
ところで、なんでスーテラさんは彼の名前を知っているんだろう?
私が不思議に思っていると、彼女はなおも言い募る。
「その借金が正当な物ならね。返せなくもないけどそれなりの大金を貸し付け、相手が忘れるまで返済期間を融通し、忘れた頃に莫大な利子を上乗せして返済要求する手口で大金を稼ぐ。あるいは借りを作った相手の伝手を奪ったりね。そうして一気に領主の座へのしあがった。他にも余罪はあるけれど、この場で言ってほしい?」
「……なにが目的だ?」
痛い腹を探られたのか、ジェスはスーテラさんを睨みつけた。
彼女は軽く受け流すと、なんでもないかのように宣う。
「そうね。あなたが一枚噛んでるビジネスの権利が欲しいわ」
「どのビジネスだ? 譲り渡す事でそのやかましい口を閉じてくれるなら、考えないでもない」
協力関係になれそうだとジェスは踏んだのか、でっぷりとした顔をにやけさせて言う。
だが、その顔はすぐに硬直した。
「奴隷牧場」
スーテラさんが言った途端、ジェスの顔は能面のようになる。
それにしても、奴隷牧場?
そんなところの権利を欲しがるなんて、スーテラさんも悪い人だったの?
私が軽いショックを受けている間も、状況は止まらない。
「何故それを……」
「あら、存在する事を認めたわね?」
「あまりワシを怒らせるなよ? ここはワシが胴元をしている賭場だぞ。お前たちなぞ拘束して、理由をつけて売り飛ばすこともできるのだ」
「やってみなさいな。もしやったら、翌日には領主の座を降ろされることになると思うけど」
しばらく睨み合っていた二人だけど、ジェスが何かを思いついたか、あからさまに破顔した。
「どこで話を知ったか知らないが、お主もビジネスに一枚噛ませてやろう。して、これからワシの屋敷で話をしたいと思うのだがどうだろう」
「行く訳ないでしょ。うかうかついて行ったら、明日の私はあなたの店に並んでいるわ」
「疑り深い女だな。どうすれば信じてもらえるのだ?」
「信じるとか信じないとかどうでもいいの。私と追放遊戯で賭け勝負をしてくれれば、それで」
「賭けだと? ワシにメリットがないではないか」
「メリットがあればいいんでしょ? 私があなたに負けたら借金奴隷になってあげる。その代わり、私が勝ったら一つお願いを聞いてもらうわ。勿論、イカサマはなしでね。発覚したら強制的に負けにしましょう」
なんだかもう私は置いてけぼりだな。
まぁ、これで私の借金がうやむやになるなら構わないけど。
なんて思っていたら、ジェスがとんでもない事を言い出した。
「そこのシスターも勝負に参加すると言うなら呑んでやらんこともない」
へぇっ? わたし? 完全に他人事だと思っていたら、唐突に巻き込まれた。混乱した結果、意味があるんだかないんだかよくわからない言葉しか吐けなかった。
「え、え。なんで私もなんですか?」
「元はと言えばお主とワシの話だ。それをこの女が唐突に割り込んできた。だから最初の前提に話を戻したまでよ。なに、条件はそこの女と同じだ。お主が勝ったら一つ望み叶えてやる。どうだ? 悪くない話であろう」
ジェスがそう言うと、スーテラさんが突っかかった。
「どちらかに勝てば片方でも手篭めにできるからでしょ? 下衆いこと考えるわね。あなたは乗らなくていいわよ。私の目的は半分くらい達成されてるから、この話がなくなってもいいし」
二人とも息巻いてるけど、そんなことより気になるのは借金の行方だ。
「あのー、その勝負に参加しなかったら私の借金はどうなるんですか?」
「何も状況は変わらない。返せないならワシの奴隷になって貰うまでよ」
今の私に借金を返せるアテはない。先程勝ち取った賞金を更に賭けて増やすということも考えられるけど、それならこの勝負に参加するのと変わらないわけで。
参加しなければ奴隷。負けても奴隷。
ということは、今のお金が手元に残ってお願いも叶えて貰える分、参加し得なのでは?
場の空気に充てられた私は、勢い任せに参加を表明した。
「やります!」
が、スーテラさんに待ったをかけられる。
「待ちなさい。借金なら無利子で立て替えてあげるから、無理に参加しなくてもいいわよ」
なら辞めておこうかなと思ったけれど、現実はそんなに甘くなかった。
「一度やると言ったのだ。辞退など認められる訳ないであろう? それに、本人からの金でなければワシは受け取りを拒否する」
「こすいやつ。そんなに言う事を聞かせられる女が欲しいわけ?」
「なんとでも言うが良い。ほら、勝負をするのであろう。いつするのだ? 今か?」
スーテラさんは歯噛みしてから、絞り出すように述べた。
「一ヶ月後よ。この子は初心者だから、まともに勝負できるようになるまで時間がいる」
「ワシはそれでも構わんが、個人戦だぞ? 同じチームになった時以外の結託を許さない」
「なら、三人のうち二人は負けるようにしないとね。勝利チームの人間が勝ちなのは当然として、その中でも同じチームなら貢献度や死亡順で格付けとしましょう」
「一人しか勝てないんですか!?」
私が声を上げると、スーテラさんは私を諭すように言った。
「よく考えてみて。三人のうち二人が勝者になるとあいつの勝つ確率があがるのよ。だから、勝者は一人の方が有利なの。私が勝てばあなたへのお願いは生やさしいものにしてあげるから」
私がスーテラさんの言葉に納得していると、ジェスが口を挟んだ。
「なんじゃ。早速結託しおってからに」
「一般人を巻き込むのだから別にいいでしょ? 私達のどちらかが勝てば、負けた二人はそのお願いを叶えなければいけない。あなたが勝てば、私達を手籠めにできる。十分でしょ?」
「仕方ない。それで構わん。だが有利な条件を欲するなら、相応の負債は覚悟しておくのだな」
「私達を借金奴隷にするんだったわね。ちなみに聞くけど、いくら?」
「一億だ」
いちっ……!? 無理だ。そんな額、一生かかっても返せるわけがない。
私は急に怖くなって、声が震えた。
「ちなみに今から辞退ってできますか?」
「してもいいが、借金は返せないのであろう? ワシの奴隷になっても借金の利子は減らしてやらんぞ。それどころか返し切るまで増えていくからな?」
つまり参加して勝つしか道はないってことか。
スーテラさんが勝ったら酌量してくれそうだし、最悪の展開にはなりにくいだろう。
どう足掻いたって逃れられないなら、参加するしか道はない。
半ばヤケクソになった私は、半ギレしながら改めて意思表明した。
「わかりました。やりますよ。やればいいんでしょう」
「そうこなくてはな。それと、一ヶ月待つ代わりにメンバーはワシが選ぶが、構わないな?」
スーテラさんは私の代わりに口を開き、ジェスに釘を刺した。
「息をかけないって約束できるなら構わないわ。不正がおこなわれていると分かれば、あなたの負けだって事を忘れないでね?」
「わかっておる。では、一ヶ月後にまた会おう。期間が迫れば追って連絡する」
そう言ってジェスは帰って行った。まるで通り雨だ。被害だけ出して、去っていった。
それにしても、スーテラさんは何を考えているんだろう。
いきなりジェスに勝負をふっかけるなんて。
おかげでとんでもない事に巻き込まれた。
その憤りを吐き出すように、スーテラさんへ文句をぶつける。
「なんで急に勝負とか言い出したんですか? おかげで私まで参加するはめになったんですが」
「最初から奴が出てくるのを狙ってこの賭場に来てたのよ。奴が胴元の賭場で勝ちを重ね続ければいつか顔見えできると思ってね。まさかあなたのおかげで釣れるとは思わなかったけど」
「なんで私まで巻き込むんですか?」
「私の記憶では乗り気に見えたけど? それに向こうが言い出した事で、私は関係ないわ」
「あなたが勝負なんて言い出さなければ、こんな事にはならなかったんですけど」
「借金もそのままだったけどね。でも、私も悪かったと思っているわ。だから一ヶ月間、稽古をつけてあげるんじゃない。私と対等な勝負ができるくらいには育ててあげるから」
「私が勝っても良いんですか?」
「できるものならね。それだけ言えるなら意気込みとしては十分よ。あ、しばらくあなたの教会に住み込ませて貰うからよろしくね」
「短い間ですがお世話してあげます」
私がそういうと、スーテラさんはふっと笑った。
この人の目的がなにかは分からないから、まるっきり信じることはできないけど。
それでも、平等であろうとする姿勢だけは信じてもいいかなと思った。




