それなら勝負なんて捨てて、一人で遠くへ逃げていましたよ(ルファ)
やっぱり私はもういらないんじゃないか。そんな思いがふつふつと湧いて出てきた。
今まで子ども達の自立心を奪ってきたのは私なのだ。
私がおんぶに抱っこしなくても、この子達はもう自分の足で立てている。
食後の片付けをしながらそんなことを思っていると、横合いからスーテラさんの手が伸びてきて私の頬を引っ張った。
「なんか妙な事考えているでしょう? 顔が曇っているわよ」
「別に。私が子ども達の成長を邪魔していたんだなって思っただけです」
「違うわよ。皆、あなたに負担をかけすぎていた事を反省して気張っているだけ。心の底ではあなたに甘えたいと思っている。周りに集まって来ているのがその証拠じゃない」
「皆を見捨てて立ち去ったのに?」
「私個人として思う所はあるけど、子ども達は帰って来てくれたことの方が嬉しいみたいよ」
私が周りを見渡すと、子ども達と目があった。
彼らは見捨てて出て行ったはずの私に笑いかけてくる。
その反応に、私はぎこちない笑みで返すしかできなかった。
「出ていく時に酷いこと沢山言ったはずなんですけどね」
「本心ってわけじゃないんでしょ?」
「まるっきり嘘というわけでもないんですよ」
瞬間、スーテラさんは険しい顔をした。
「その嘘じゃない部分を言ってみなさい? 場合によっちゃ、しばくわよ」
しばくとか言ってるけど、実際戦闘になったらどっこいだろう。
なんて言っても怒らせるだけなので、私は素直に答えた。
「まだ子どもの私に背負わせないでほしいとか、別に子どもは好きじゃないとかは本心です」
「子どもが好きじゃないのに皆の面倒見てたの?」
「私も育ててもらった恩がありますからね。同じことをしていただけです」
私がそう言うと、少しの間があってから、スーテラさんは真剣な顔で問うてきた。
「大事なことだから聞いておくけど。もう子ども達を見捨てて出て行ったりしないわよね?」
空気がぴりぴりとしている感じがしたので、明言を避けるように解答をうやむやにした。
「皆自立し始めていますし、別に私はいらないんじゃないですか?」
だが返事が迂遠すぎたのか、スーテラさんは苛立たしげだ。
「本気で言ってる?」
ごまかしが通じなかった事にため息をついてから、私は心中を述べた。
「いいえ。でも本心を言えば、わかりません」
「わからない、ね。できると即答されるよりはよほど信用できるけれど」
「そうですね。また嫌気が差さない自信はないので。それこそ、スーテラさんがいなくるまで待ってから出ていくなんてことも出来るわけですからね」
「そうやって悪びれるってことは、今のところするつもりはないわけね」
「どうでしょうね?」
私がとぼけると、スーテラさんは少しばかり不安そうに胸中を晒した。
「子ども達も前より手がかからなくなったし、出ていく事はないと思いたいけど」
なんだろうな。この人、さっきと言っていることが噛み合ってない。
「私を奴隷に落とすとか言っておきながらそんな事言うなんて、変な人」
ぼそっと呟いたら、スーテラさんは少し怒ったように顔を近づけて耳打ちしてきた。
「あんたね、こんなところでそれ言うんじゃないわよ。子ども達に聞かれていたらどうするの?」
「むしろ聞かせない方が悪いと思うんですけど。負けるつもりはありませんけど、負けたら子ども達も売られるんですよ」
「私がそんな事をさせると思う? あんたは一度地獄に落としてやりたいと思っているけど、私が勝ったら子ども達は助けるわよ」
「そうですか。二人して負けない限り、子ども達は無事って事ですね」
私の回答に、スーテラさんはなんだか驚いたように目をしばたかせる。
「むしろまだあんたが子ども達を助けるつもりでいた事に驚きを隠せないわ。もうどうでもいいのかと思っていたから」
それは流石に心外。なんのために今も修行をしていると思っているんだ。
「そんな訳ないじゃないですか。それなら勝負なんて捨てて、一人で遠くへ逃げていましたよ」
「それが聞けて安心したわ。私が勝ったら、あんたの処遇も考えておいてあげる」
「それよりも負けた時のことを考えておいた方がいいんじゃないですか?」
「そんなの最初に考えてあるわよ」
「そうですか。せいぜいアテが外れないといいですね」
「こんな時まで憎まれ口? 可愛くないの」
私たちが話していると、私を除いて一番年長であるメアがこちらに寄って来た。
「あの、少し話の内容が聞こえてしまったんですけど」
スーテラさんはほら見たことかと言いたげにこちらを睨んだ後、メアに尋ねた。
「どこからどこまで聞いたの?」
「ここで言ってもいいんですか?」
三人集まっているからか、周りの子どもたちが興味を持ってこちらを見ている。
小さい子もいるので流石にこの場で話し続けるのはまずいだろう。
そう思って、私はメアを自室に誘った。
「続きは私の部屋でしましょうか」
スーテラさんとメアを伴って、私の自室に向かう。
部屋にたどり着くと、スーテラさんが口を開いた。
「それで、どこまで分かっているの?」
「なにも」
拍子抜けするようなメアの言葉に、私達は毒気を抜かれた。出し抜かれたともいう。
「なにも、って。まさかカマかけただけ?」
スーテラさんが確かめると、メアは不安げに答えた。
「奴隷とか、売られるとか言っているのは聞こえました」
「しっかり聞いてるじゃないの」
「私達、売られるんですか?」
スーテラさんはため息ひとつの後、話を私にぶん投げる。
「あんたが迂闊に喋ったのが悪いんだから、自分で説明しなさいよね」
「どうせ話すつもりだったからいいんですよ。あのね、メア。実は孤児院の借金はまだなくなったわけじゃないんです」
「そうなんですか? まさかその借金を返済するために私達を……」
「違います。実は少し話がこじれていて、返せる額には及ばなかったんです。それをゲームの勝敗で決着をつけて、勝てば借金を帳消し、負ければ私が借金奴隷になる約束をしました」
「借金奴隷っていうのは、いくら分なんですか?」
「一億」
「いちっ……?! そんなのもう帰って来られないじゃないですか!」
「勝つから大丈夫ですよ。その為に貴方達を見捨ててまで修行に勤しんでいるんです」
そう言っても、メアは抗議をやめなかった。
「馬鹿! ルファ姉の馬鹿! 相談しないで勝手にそんな事決めて! 負けたらどうするの!」
「孤児院を存続させるにはそれしかなかったんです。わかってください」
説得しようとしても、メアの激情は収まらなかった。
「……っ、ルファ姉のわからずや! なんで自分は心配されないと思ってるの?! いっつもそう! なんでも抱え込んで、一人で潰れそうになって! 私たちが心配しても、鬱陶しそうにするばかり! 挙句の果てに出て行くし、やっぱり私達のこと嫌いなんだって思うでしょ!」
ここまで怒るメアは初めて見るな。
勢いに押された私は、ささやかな否定の言葉しか紡げなかった。
「本当に嫌いなら、一人で遠くに逃げていますよ」
「逃げなかったなんて、そんなのルファ姉にしか分からないでしょ! 二週間も帰ってこなかった時点で、とっくに私達の事を見捨てたんだと思ってたよ!」
「見捨てたわけじゃ……」
私が口籠もっていると、スーテラさんが話に割って入った。
「まぁまぁ。こうしてちゃんと帰って来ているわけだし、そこまでにしてあげない? ルファは心が弱いから、こうやって責めていると、またいなくなっちゃうかもよ」
誰の心が弱いって?
「それは聞き捨てならないんですけど」
「……言いたい事は山ほどありますが、スーテラさんがそう言うなら我慢します」
「メアも納得しないで。なんでそんなにスーテラさんになついているの?」
「誰かさんと違って私達を頼ろうとしてくれるから、親密度が高いのかもしれませんね」
「ぐっ……」
私が劣勢なのをいいことに、メアはここぞとばかりにあてこすりをしてくる。
この子、こんな子じゃなかったんだけどな。
私が落ち込んでいると、スーテラさんは本格的に仲裁してきた。
「そこまで。とりあえず子どもたちを放っておくのもよくないし、一度戻りましょうか。さっきの話をあの子達に伝えるかはメアにまかせるわ」
「よく聞こえなかったんですけど、スーテラさんもルファ姉を手伝ってくれるんですよね? それなら心配ないので、あの子達には言わないことにします。無駄に不安がらせたくないので」
「わかったわ。メアもそんなに心配しないでね? この孤児院の事は私達がなんとかするから」
「二人が協力するならこれほど心強い事はないですよ。それでは、私は先に行っています」
メアが部屋を出て行ったので、私はぼそりと独りごちた。
「協力どころか、お互い地獄に蹴落とし合うんですけどね」
「それでも二人とも負けなければ子どもたちは助かるんだからいいじゃない」
呟きに反応してきたスーテラさんに、私は先ほど芽生えてきた本心を告げた。
「今なら、私とあなたが協力できればいいのになって思いますよ」
「なんで?」
「子ども達に慕われているみたいですから。いつまでもここにいてくれたら助かるのに、って」
希望を述べると、スーテラさんはどこか寂しそうな顔。
「そうしたい気持ちはやまやまだけど、そういうわけにもいかないのよね。さっきわかった事だけど、私、勝負の日までここを離れなくちゃいけなくなったし。例え丸く収まったとしても同じような事は続くと思う。だからずっと一緒にはいられないの」
「……そうですか。だから私を連れ戻したかったんですね。納得しました。子どもたちは寂しがると思いますが、私の方から言っておきます」
「頼むわね。くれぐれも、誰かさんのように子ども達の面倒を見るのが嫌になって逃げたなんて伝えないでよ?」
戯けたように言ってくるスーテラさんに、私も同じような物言いで返した。
「なんだかそういう風に伝えたくなる気持ちが沸いてきました」
「やめなさいよ?」
「考えておきます」
「信じているからね」
そう言ってスーテラさんは、私達の前からしばし姿を消した。




