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5.これからのこと

シエルがふわりと空中で一回転すると、その小さな身体は淡い光の粒子となって虚空へ溶けていった。

きらきらとした煌めきが完全に消え去った時、私はようやく、この広大な世界にたった一人で放り出されたのだという事実を実感した。


立ち止まったまま、大通りを行き交う群衆を眺める。

百九十センチ近いユニンの長身から見下ろす景色は、現実世界よりも少しだけ視座が高く、まだどこか落ち着かない。

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それは私の中で揺るぎない絶対の指針だ。

だが、当然ながら一朝一夕で成し遂げられるような代物ではない。

何より、私にはこの世界における「前提知識」が致命的に欠けていた。


MMORPGと銘打たれてはいるものの、この世界にはお膳立てされたメインクエストや、親切な導線など存在しないと聞いている。

どちらかといえば、盤面とルールだけが用意されたシナリオレスのTRPGに近い。

この世界へ誘った友人が、この知識を含めたわずかな知識だけを置き土産に残していった。

だが、核心に触れる部分については「自分の目で見て、経験してこい」と面白半分にはぐらかされてしまったのだ。


「……まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいが」


香辛料の混じった乾いた風を受けながら、小さく息を吐き出す。

現実の社会において、私が幾度となく身に染みて理解している絶対的な法則がある。

それは「情報こそが最大の武器であり、防具である」ということだ。

どれほど崇高な理想を語り、完璧な論理を組み上げようと、土台となる情報が狂っていればすべては容易く瓦解する。

純粋にゲームとして楽しみたいという感情がないわけではないが、今は何よりもまず、手駒となる情報を集めるのが最優先事項だった。


「……となると、この辺りにいるプレイヤーに聞いてもしょうがないか」


周囲には、私と同じように真新しい初期装備に身を包んだ者たちが所在なげに歩いている。

彼らの大半は、現実を捨てて第二の人生を歩み出そうとしているだけの、右も左もわからない素人だろう。

仮に、すでにこの世界で盤石な地位を築いているベテランや事前知識を豊富に携えたプレイヤーが紛れ込んでいたとしても、見ず知らずの他人に有益な情報をやすやすと明け渡すお人好しがいるとは思えない。


ならば、システムの根幹に繋がっているチュートリアル妖精を呼び出し、聞き出せるだけ聞き出すのがもっとも確実か。

そう思考を巡らせた、まさにその時だった。


ポンッ、と小気味良い音を立てて、目の前の空間に再びシエルが実体化した。


「あ、言い忘れてました!」

「……なんだ、急に」

「基本的に、私はゲームのシステム的な説明が必要な部分でしかお答えできません! 例えば、クエストをどう攻略したほうがいいかとか、どの国に所属するのが有利かとか、つまるところ『プレイングの指針』になりそうな部分はお答えできませんので、あしからず!…というわけで、何かシステムの解説が必要な時以外は、私からは話しかけませんので! 頑張ってくださいね、ヴィオレさん!」


私の脳内を読み取ったかのような絶妙なタイミングで釘を刺すと、シエルは「ではでは!」と元気よく手を振り、再び光の粒子となって雲散霧消した。


「……なるほど。どこまでも自分の足で歩け、というわけか」


誰もが手探りで、自らの選択に責任を持たなければならない。

一番の近道は件の友人を探し出すことだろうが、事前情報がない以上、地球と同じ面積を持つ広大な世界からたった一人を見つけ出すのは砂漠で針を探すようなものだ。

第一、相手がどんな種族を選び、どんな名前を名乗っているのかすら知らないのだから、合流など非現実的すぎる。


「悩んでいてもしょうがない。ここで立ち止まって考えるのは、時間の無駄になりそうだ」


私は軽く頭を振り、思考を切り替えた。

どんな行動も熟練度としてカウントされるこの世界において、ただ突っ立っているだけの時間は何の利益も生まない。

白のロングコートの裾を払い、靴底で硬い石畳をしっかりと踏みしめる。


まずはこの足で歩き、この目で見て、耳で聞く。

私は、この巨大な世界の法則を自らの土台とするべく、活気に満ちた喧騒の中へと歩みを進めた。

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