40.荷物の中身と戦闘
その後、これといった障害もなく、私たちは無事に隣町『リエル』へと辿り着いた。
指定された配達先は、町外れにひっそりと建つ小さな家だった。
出迎えたのは、腰の曲がった老齢の女性だった。
木箱を受け取り、丁寧に礼を述べる彼女に、私はさりげなく中身について尋ねてみた。
あくまで世間話の延長として、詮索がましくならない程度に。
「関節の痛みに効く塗り薬なんですよ。……年寄りがこんなものを頼んでいるなんて、近所に知られるのが少し恥ずかしくてね。だから薬師さんに、内緒でお願いしていたんです」
そう言って、彼女は照れくさそうに笑った。
なるほど、と私は内心で得心した。中身そのものは、確かにありふれた薬に過ぎない。
だが、それを頼んだ本人にとっては、他人に知られたくない切実な事情があった。
厳重な封も、市場を通さない配達も、危険物を隠すためではなく、一人の老女の小さな矜持を守るためのものだったというわけだ。
推測の的が完全に外れていたわけではない――少なくとも、「表立って扱えない理由がある」という読みだけは、間違っていなかった。
帰路は、行きとは打って変わって平穏なものだった。
分かれ道での判断も、盗賊との一件もなく、私たちはただ淡々と本道を歩き、日が傾く頃には見慣れた首都ノヴァ・パトリアの門をくぐっていた。
◆
「お疲れ様でした! せっかくだから、お疲れ様会しません?」
集会所で報酬を受け取ったあと、ユノに誘われるまま、大通り沿いのカフェへと足を運ぶことになった。
紅茶を挟んで向かい合いながら、話題は自然と次のクエストへと移っていく。
「次はどうします? 個人的には、そろそろモンスター討伐系もやってみたいんですけど」
「討伐、か」
正直なところ、依頼をこなすのはこれで一区切りにして、ラピスの元へ戻るつもりだった。
仲間集めという次の課題も、いつまでも先延ばしにはできない。
だが、身を乗り出して目を輝かせるユノの勢いに、そのつもりも徐々に押し流されていく。
「行きましょうよ、ね? ヴィオレさんとなら、なんとかなる気がするんです」
「……分かった。付き合おう」
結局、押し切られる形で頷くことになった。
まあ、悪い話ではない。
仲間を探すという意味では、これも一つの機会だろう。
◆
翌日。約束通り集会所に集まり、私たちは討伐クエストの依頼書を受け取った。
集会所を出て現場へ向かう道中、私は自然な口調で役割を切り出した。
「君は戦闘を担当してくれ。私は周辺の状況を確認する」
「……え、なんで一緒に戦ってくれないんですか? 私だって、そんなに強くないのに」
ユノが不安げに眉を寄せる。
無理もない反応だった。
「心配しなくていい。指示は出す」
そう言い切りながらも、内心では別のことを考えていた。
現実世界にいた頃、私は幾度となく部下やチームへ指示を出し、状況を俯瞰しながら人を動かす立場にいた。
限られた情報から最適解を導き、それを的確な言葉に変換して伝える――そうした仕事の進め方は、身体に染み付いた習性のようなものだ。
戦場という舞台が変わったところで、根本のやり方まで変わるわけではないはずだった。
とはいえ、それはあくまで理屈の上での話だ。
実際に命のやり取りが絡む戦闘の中で、リアルタイムに指示を出す――それを試すのは、今日が初めてだった。上手くいく保証などどこにもない。
だからこそ、都合がいいとも言えた。
目の前にいるユノは、私の指示に素直に従ってくれる。
失敗したところで、命に関わるほどの相手でもない、格下のモンスター相手だ。
指示出しという未知数の技術を試す舞台として、これ以上ないほど条件が整っている。
――彼女を試験台にする形になるが、これも必要な検証だ。
そう自分に言い聞かせながら、私は依頼の現場である森の外れへと足を進めた。
現れたのは、群れで行動する中型の狼型モンスターだった。
数は三体。
ユノが得物を構えるのに合わせ、私は素早く周囲の地形と敵の動きを見渡す。
「敵が右から来る」
「っ、はい!」
「今は攻撃するな。様子を見ろ」
「え、でも――」
「あと三秒待て。……二、一、今だ」
指示通りに剣を振るったユノの一撃が、正確に狼の首筋を捉えた。
そこから先は、驚くほど滑らかな展開だった。
私が敵の位置取りと隙を読み上げるたびに、ユノはほとんど迷うことなく最適な一手を選び取っていく。
三体目が地に伏す頃には、彼女は肩で息をしながらも、目に見えて高揚した表情を浮かべていた。
正直なところ、これほど嵌るとは思っていなかった。
的確な情報を渡せば、人は思った以上に力を発揮する。
企業で培った理屈が、まったく違うこの世界でも通用した――その事実に、俺は静かな手応えと、多少の意外性を覚えていた。
同時に、これなら他の人材を動かす際にも応用が利くだろう、という打算めいた確信も芽生えていた。
「……なんか、すごい」
剣を下ろし、ユノが呆然とした様子で呟く。
「一人だと、いつも勘だけで動いてて怖かったんですけど……ヴィオレさんの指示に従うだけで、こんなに楽になるなんて」
彼女はまじまじと自分の手のひらを見つめ、それから照れくさそうにはにかんだ。
「……なんだろ、ヴィオレさんと組んでると、自分の腕がワンランク上がったみたいな気分です。ふふっ、ちょっと調子乗っちゃいそう」
小さく笑いながらこぼされたその一言が、風に乗って私の耳にも届く。
私はそれに直接応えることはせず、ただ静かに周囲の警戒を続けた。
だが内心では、確かな手応えを覚えていた。
一人の力には、限界がある。
だが、適材適所に役割を配置し、互いの弱点を補い合えば、個の限界はいくらでも押し広げられる。
それは、これから私が築こうとしている「国」という枠組みそのものの、最も小さな縮図だった。
ここが、その最初の入り口だった。




