39.交渉と回避
「積み荷を置いて、大人しく道を空けな」
先頭に立つ男が凄むと同時に、ユノが素早く得物へ手をかけた。
「待て」
私は片手を軽く上げ、それを制した。
視線を巡らせ、状況を素早く洗い出す。
敵は五人。
得物は使い込まれた剣と斧が中心で、防具は継ぎ接ぎだらけの革鎧。
統率された動きではなく、あくまで数を頼みにした荒事に慣れた面構えだった。
対してこちらは二人。
片や戦闘経験の浅い私と、支援職寄りのユノ。
地形は左右を木立に挟まれた狭い街道で、逃げ場も少ない。
正面から打ち合えば、勝率は決して高くない。
だが――と、私は思考を切り替えた。
連中の目的は、あくまで積み荷だ。
私たちの命そのものに固執しているわけではない。
ならば、戦う理由さえ消してしまえば、剣を交える必要はどこにもない。
「少し、話をさせてもらえないか」
私は得物に手をかけることなく、両手を軽く広げたまま前へ進み出た。
「あ?」
「君たちが欲しいのは、その荷物だろう。私たちは、無事に目的地へ着ければそれでいい。だったら、戦う理由はどこにもないはずだ」
男は胡散臭そうに目を細めたが、剣を収める気配はまだ見せなかった。
「なに悠長なこと言ってやがる。荷物寄越せば見逃してやるって言ってんだよ」
「ああ、その提案は理解している。だが――一つ、忠告しておく」
私は背負った木箱を軽く指し示した。
「その箱、開けようとすれば分かる。封の仕方が尋常じゃない。蝋の層、紐の結び目、その全てに術式めいた細工が施されている。専用の手順を踏まずに無理をこじ開ければ、中身ごと台無しになる――あるいは、術式が暴発する可能性もある」
もちろん、それが本当に呪術的な仕掛けかどうか、私自身にも確証はない。
だが、あの異様な厳重さは、少なくとも「素人が雑に扱っていい代物ではない」という事実だけは物語っている。
ならば、それを大きく見せて語ることに、大きな噓は含まれていない。
男の眉間に、微かな迷いが走った。
「……本当かよ、それ」
「疑うなら、試してみればいい。ただし、その代償を負うのは君たちだ」
私は淡々と続けた。
「考えてもみてくれ。君たちが本当に欲しいのは、この箱そのものじゃない。それを売って得られる利益のはずだ。だとしたら、開けられなければ意味を成さない荷物を、危険を冒してまで奪う理由がどこにある?」
「……」
「幸い、私たちはこの依頼で相応の報酬を受け取っている。荷物を渡さずとも、その一部を君たちに譲ることはできる。危険を冒して呪いつきの箱を抱えるより、確実な利益を選ぶ方が賢明だとは思わないか」
私は懐から銀貨の入った小袋を取り出し、静かに掲げてみせた。
胸の奥で、覚えたばかりのスキルが淡く発動している感覚があった。
伝えたい思いが、思った以上に相手へ届いていく――IS『説得』の効果か、あるいは積み上げてきた『親密』の恩恵か。
断言はできないが、少なくとも男の警戒は、目に見えて緩み始めていた。
仲間らしき男たちが、顔を見合わせている。
「……ボス、貰えるもんは貰っといた方が」
「呪いつきの荷物なんて、質屋も嫌がりますぜ」
背後からの声に、リーダー格の男はしばらく唸っていたが、やがて舌打ち一つとともに剣を収めた。
「……チッ、いいだろう。その銀貨で手を打ってやる」
小袋を投げ渡すと、男たちはあっさりと道を空け、木立の奥へと去っていった。
しばらくの沈黙のあと、隣でユノが大きく息を吐き出す音が聞こえた。
「……今の、噓ですよね? その箱、本当は呪いなんてかかってないですよね?」
「さあ。確証はない」
「つまり嘘なんですね…」
呆れたような突っ込みに、私は小さく肩をすくめた。
「だが、事実として彼らは何も奪わずに立ち去った。結果がすべてだ」
ユノはしばらく私の顔を見つめていたが、やがて観念したように小さく笑った。
「……それにしても相手がNPCで助かったな。プレイヤー相手だったら、そう簡単に信じてもらえたかどうか」
「ですね。にしても……」
ユノは荷物を担ぎ直しながら、どこか吹っ切れたような声で続けた。
「ヴィオレさん、やっぱり普通の初心者じゃないです。ねえ、この依頼が終わったら、私、しばらくあなたと組ませてもらってもいいですか?」
「……構わない」
私は頷いた。
理不尽な暴力ではなく、対話と知恵で道を切り開く。
それこそが、これから私が築こうとしている土台の、確かな一歩になるはずだった。




