37.細道
街道が二手に分かれる地点に差し掛かったのは、出発から半刻ほど経った頃だった。
「あ、これ知ってます。あっちの細道、近道になってるんですよ」
ユノが指し示したのは、木々の間を縫うように続く、幅の狭い小道だった。
本道に比べれば、確かに距離は詰められそうに見える。
「そっちを?」
「はい、地図にも載ってますし。出来れば急いだ方がいいですよね」
彼女が足を踏み出しかけたところで、私は軽く手を上げてそれを止めた。
「待ってくれ。少し考えさせてくれ」
依頼書の内容を、頭の中で改めて並べ直す。
商人が指定してきた出発時刻は、日の出から二刻ほど後。
隣町までの標準距離を踏まえれば、本道を使っても十分に日暮れ前に着ける計算だった。
わざわざ近道を使ってまで急ぐ理由が、そもそも見当たらない。
次に、運んでいる荷物の種類。
依頼書には「陶器類、要注意」と一言添えられていた。
となれば、荒れた地面や急な起伏が予想される小道より、踏み固められた本道の方が理に適っている。
さらに、集会所の掲示にあった最近の目撃情報。
ここ数日、中型の獣型モンスターの群れが、街道の外れ――特に人通りの少ない脇道周辺で複数報告されていたはずだ。
最後に、本道と細道、それぞれの利用状況。
本道は定期的に商人や冒険者が行き交い、多少なりとも踏破の実績がある。
対してあの細道は、地図に載ってはいるものの、実際に使われている形跡が薄い。
すべてを重ね合わせれば、答えは一つに絞られた。
「あの道は使わない方がいい」
「え、なんでですか?」
「依頼人は、普段この道を使っていない」
私は簡潔に告げた。
「出発時刻から逆算しても、時間に余裕はある。荷物は割れ物だ。近道を選ぶ理由が、依頼書のどこにもない」
ユノは目を丸くして、俺と依頼書を交互に見た。
「確かにそうですね…そんなことまで依頼書から分かるんですか……?」
「情報は書いてある。読んでいないだけだ」
短く返すと、ユノは何か言いたげに口を開きかけたが、結局それを飲み込んで、素直に本道へと足を向けた。
◆
本道を進んで一刻ほど経った頃、向かい側から数人の冒険者パーティーが歩いてくるのが見えた。
装備は土埃と、幾筋かの引っかき傷で汚れている。
すれ違いざま、彼らの会話が耳に入った。
「いやー、さっきあっちの細道でモンスターの群れに遭遇したわ。危うく全滅するとこだった」
「あの辺、最近本当に酷いよな」
疲れた様子で笑い合いながら、彼らは本道を歩き去っていく。
ユノが、隣でゆっくりとこちらを見た。
何か言おうとして、けれど言葉が見つからないという顔だった。
私は特にそれ以上何かを語るつもりもなく、前を向いたまま、短く一言だけこぼした。
「……結果的には正しかったな」
「……結果的、って」
ユノは呆れたように、けれどどこか安堵したように、小さく息を吐いた。
それ以上、彼女は何も言わなかった。
ただ、荷物を担ぎ直す仕草の端々に、先ほどまでとは違う何かが混じっているような気がした。




