36.運び屋の依頼
荷運びの依頼書には、隣町『リエル』までの道中、行商人の荷物を護衛しながら運ぶとだけ記されていた。
依頼主の商人に見送られ、私たちは並んで門へと向かった。
歩き出してすぐ、名乗るのが遅れていたことに気づく。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。ヴィオレだ」
「あ、私はユノって言います! よろしくお願いしますね、ヴィオレさん」
軽やかな会釈とともに、人懐こい笑みが返ってくる。
誰と組んでもすぐに打ち解けられそうな、そんな柔らかさを纏った声だった。
石畳が途切れ、乾いた土の道へと変わる頃には、東の大門アウローラも遠く小さくなっていた。
「ヴィオレさんは、このゲーム始めたばかりですか?」
隣を歩くユノが、屈託のない笑顔で問いかけてくる。
「ああ。まだ一か月ほどだ」
「あ、それなら私と近いですね! 私もつい先週始めたばかりで」
軽い調子で返され、私は内心で意外に思った。
落ち着いた立ち振る舞いから、もう少し長くこの世界にいるものと踏んでいたからだ。
「随分と手慣れて見えるが」
「よく言われます。要領がいいだけですよ、たぶん」
はにかむように笑うユノに、私はさりげなく話題を続けた。
情報収集は、どんな些細な会話の中にも紛れ込ませておくに越したことはない。
「エンジェという種族は、他の種族と比べて何か特有の傾向があるのか?」
「んー、支援系のスキルは覚えやすい気がしますね。あとは、飛行……はまだ低ランクだと使えないんですけど」
そんな他愛のない会話を交わしながら歩を進める。
やがてユノの方から、こちらへコップにいれた水を向けてきた。
「ヴィオレさんは、この世界で何か目標はあるんですか?」
「……この世界でできることを、探している。まだ言葉にするには早い」
ラピスにはなぜか言えたが、正直なところを言えば、まだ何も証明できていない身で「国を創る」などと語るのは、いささか気が早い。
私は当たり障りのない範囲で答えを濁した。
「なんだか意味深ですね。でも、そういうの嫌いじゃないです」
ユノはくすりと笑い、それ以上は踏み込んでこなかった。
その距離感の取り方に、妙な心地よさを覚える。
◆
日が高くなった頃、休憩を取ることになった。
「ここ、いい感じじゃないですか?」
ユノが指差したのは、街道から少し外れた、木々に囲まれた小さな窪地だった。
日陰があり、風もそよいでいて、確かに休憩には向いていそうな場所に見える。
だが、私はその場に足を向けようとするユノを、軽く手で制した。
「悪いが、そこは避けよう」
「え? なんでですか」
「風がこちらから窪地の奥へ向かって吹いている。あの奥は木々が密集していて、地図にも記載のない獣道のようなものが見える。おそらく魔物の生息域に近い。俺たちの匂いが風に乗って先に伝わる形になる」
私は淡々と続けた。
「加えて、窪地は周囲より一段低く、視界も悪い。もし何かが接近してきても、気づくのが遅れる。休むにはあまり適していない」
「……えぇ、そういうものですか?」
ユノは半信半疑といった様子で首を傾げながらも、素直に別の場所――見通しの良い、風上に位置する岩場へと移動することに同意した。
そこで軽い食事を取り、しばらく休んでから、二人で再び荷を担ぎ上げる。
再出発してすぐ、先ほどの窪地の方角から、獣の低い唸り声が響いた。
木々の隙間から見えたのは、赤黒い毛並みをした中型の魔物だった。
窪地の奥から現れ、まさに先ほど休もうとしていた辺りをうろついている。
ユノが小さく息を呑んだ。
「え、噓でしょ……ヴィオレさん、なんで分かったんですか?」
「分かったわけじゃない。風向きと地形、それにさっきの案内書に書いてあった魔物の生息傾向。材料を並べれば、危ない場所は自然と絞り込める。それだけだ」
「いやいや、それを"それだけ"で片付けられるのが普通じゃないんだって」
ユノの声には、驚きと、どこか呆れに似た響きが混じっていた。
「そういうものか?」
私は本気で首を傾げた。
風向きと地形と視界を見れば、避けるべき場所は自ずと分かる。それだけのことのはずだった。
ユノは何か言いかけて、結局それを飲み込むように小さく笑った。
「……ヴィオレさんって、ただ戦えないだけの初心者、ってわけじゃないんですね」
その声には、先ほどまでとは少し違う――値踏みするような、それでいてどこか興味深そうな色が混じっていた。




