35.これからのこと
_ラピス探偵事務所。
「さて、これからのことですけれど」
デスクの向こうで足を組んだラピスが、杖の先で軽く床を叩いた。
「最初に言った通り、まずは仲間集めが最優先ですわ。……とはいえ、その前に一つ」
「なんだ」
「あなた自身が、もう少し強くなる必要がありますわね。ステータス、見せてくださる?」
促されるまま、虚空に指を滑らせてプロフィール画面を展開する。
「走力……Fから、Eに上がっているな。筋力も同じくEか」
「失踪事件を追いかけ回った成果ですわね。それと、スキルポイントが百ほど溜まっていますわ」
「ああ、それに――」
私は画面の一番下に目を留め、思わず眉を寄せた。
「いつの間にか、IS『説得』というものを獲得している」
「あら、ISを?」
ラピスが身を乗り出し、興味深そうに覗き込んでくる。
「効果は?」
「……『ランクF:伝えたい思いが、相手に伝わりやすくなる』。それだけだ。正直、どう役立つのか自分でもよく分からない」
「ふふっ……あなたにお似合いの効果ですわね」
「褒めているのか?」
「ええ、もちろん。……ふふっ、あはは!」
堪えきれなくなったように、ラピスは声を上げて笑い出した。
「笑うくらいなら褒めるな」
「ごめんなさいですわ。でも、交渉一辺倒のあなたが『説得』を発現させるあたり、この世界のAIもよく見ていますこと」
ひとしきり笑ったあと、ラピスは仕切り直すように咳払いをした。
「それで、そのスキルポイントですけれど。まずは戦闘系のスキルを取っておくことをお勧めしますわ。今のあなたでは、いざという時にわたくしを守るどころではありませんもの」
「耳が痛いな」
私は虚空にスキルツリーの画面を呼び出した。
無数のスキル名が枝分かれしながら並んでいる。
だが、いずれも今の段階で選べるのは、根本にあたる一番上の項目だけらしい。
取得可能な候補は、思いのほか絞られていた。
「戦闘系なら、『火球』や『氷弾』あたりが定番ですわね。非戦闘系だと、味方を癒す回復魔法や、脚力を底上げするような補助スキルもありますけれど」
一通り目を通していく中、ふと一つの項目に指が止まった。
『親密 Lv1(パッシブ):武器の攻撃力が下がる代わりに、NPCの心証がよくなる。(LvはNPCからの信頼があればあるほど上がっていく)』
「これは……」
「あら、それをお選びになりますの?」
ラピスが意外そうに目を丸くする。
「これから先、NPCと関わる機会は増える一方だ。仲間集めにせよ、拠点作りにせよ、法整備にせよ、な。攻撃力の目減りより、信頼を積み上げられる方が長期的には割に合う」
「……相変わらず、戦うことより人付き合いを優先するんですのね」
呆れたような声だったが、その口元は微かに緩んでいた。
「まあ、あなたらしいと言えばそうですわ。いいでしょう、それで取得なさいな」
私は迷わず『親密』のスキルを取得した。
「では、まずは一通りクエストをこなしてきなさいな。実戦で熟練度を積む、それが一番の近道ですわ」
「分かった。片がついたら、また顔を出す」
そう言って、私は事務所を後にした。
◆
それから、一か月ほどが過ぎた。
集会所へ通い詰め、目についたクエストを片っ端からこなしていく日々。
最初のクエストがあれほどの大事件に発展した経験があるだけに、しばらくは何を受けるにも身構えていたのだが、幸い今回はどれも拍子抜けするほど平穏なものばかりだった。
魔物の間引き、荷運び、迷子の使い魔探し――地道だが、着実に熟練度は積み上がっていく。
気づけば、冒険者ライセンスのランクはEからCへと上がっていた。
「今日で最後にするか」
その日引き受けた依頼を片付けたら、久しぶりにラピスの事務所へ顔を出そう。
そう決め、私は集会所の掲示板の前で最後の一枚を選んでいた。
手を伸ばした先、羊皮紙の端に、別の指先が重なった。
「……失礼」
さして重要でもない依頼だ。
譲るつもりで顔を上げると――そこに、天使がいた。
いや、比喩的な意味ではない。
文字通り、天使のような容姿をした少女が、そこに立っていた。
短く切り揃えられた青い髪。
背には半透明の、鳥を思わせる美しい羽根。
そして、細く長い尻尾が控えめに揺れている。
柔らかな笑みを浮かべたその顔立ちは、あまりにも整いすぎていて、思わず言葉を失いかけた。
「いいんですか?」
少女――エンジェの彼女は、小首を傾げてこちらを窺う。
「ああ、構わない。私は別のを探すよ」
軽く頷き、掲示板へ視線を戻そうとしたところで、声をかけられた。
「クエストお探しなら、一緒にやりませんか?」
人懐こい笑みとともに、そう誘われる。
もとより、私自身が選ぼうとしていた依頼だ。
断る理由は、どこにもなかった。
「ああ、それなら」
私は頷き、彼女とともにその依頼書へ手を伸ばした。




