33.右腕
静寂だけが残った中庭で、私は詰めていた息をようやく吐き出した。
「……ヴィオレさん」
ラピスが、いつになく静かな声で俺の名を呼んだ。
振り返ると、そこにはもう先ほどまでの迷いの色はなく、いつも通りの、どこか芝居がかった余裕を取り戻した彼女の顔があった。
「先ほどは、助かりましたわ。わたくしの代わりに、あそこまで言い切ってくださるとは思っていませんでしたもの」
「礼はいらないさ。思ったことを言っただけだ」
「それでも、ですわ」
彼女は日傘を閉じ、小さく頭を下げてみせる。
柄にもない素直な仕草に、少し気恥ずかしさすら覚えた。
「それで、これからどうする」
私が問うと、ラピスは杖の先で軽く地面をなぞりながら、思案するように口を開いた。
「正直なところ、助けたいのは山々ですが、これ以上こちらから追うのは得策ではありませんわ。この先を突き詰めれば、いずれムーそのものに突き当たります。直接国に殴りこみに行くにはわたくしたち二人だけの手で、あまりにも余りますもの、それに__」
「それに、依頼自体がもう存在しない、ということか」
「__ええ。依頼人であるはずのあの子――ラルヴァータ自身が、こうしてわたくしたちの前に姿を現しましたもの。今さら誰に何を報告するでもありませんわ。解決した、とは口が裂けても言えませんけれど……この一件は、ひとまずこれで終了ですの」
「…本当に、もう起きないと思うか?」
不安が拭いきれず、俺は念を押すように尋ねた。
「ええ。ああいう手合いは、こういう場面で嘘はつきませんわ。むしろ律儀すぎるくらい、約束は守るタイプでしょうね」
ラピスは肩をすくめ、それから改めてこちらを見つめた。
「とにかく、ここまで一緒に追ってくださって、感謝しておりますわ」
「いや、私の方こそ世話になった」
「とはいえ」
彼女はふっと悪戯な笑みを浮かべる。
「ほとんど、わたくしの手柄だと思いますけれどね」
「……で、何が望みだ」
その言い草に、私は苦笑しながら聞き返した。
経験則的にこういう言い方をする時は、決まって何か企んでいる。
「そうですわね……あなたの右腕をもらおうかしら」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
すぐに、以前自分が口にした言葉――いずれ右腕としてスカウトさせてほしい、というあの一言を思い出す。
何の風の吹き回しかは分からない。
だが、彼女は確かに、こちらの手を取るつもりでいるらしかった。
「……ほんとうにいいのか?」
「二言はないですわ。さぁ、今日はもう遅いですし、明日これからのこと考えましょ、ヴィオレ」
「さん」を意図的に外して名を呼んだのだと、すぐに分かった。
呼び方一つでこちらに関係の変化を実感させるあたり、やはり食えない相手だ。
「あぁ、また明日な、ラピス」
そうして、私たちの追った失踪事件は、一つの区切りを迎えた。
◆
翌日。
いつ部屋を突き止めたのかは分からないが、宿屋のベッドで眠っていたところを、ラピスに叩き起こされた。
有無を言わさぬ足取りで連れ出され、着いた先は――あの仕立て屋『銀の針』だった。
店の中に足を踏み入れると、そこには当たり前のように、ラルヴァータの姿があった。
反物を抱え、慣れた手つきで棚へ並べている。
昨日のあの不穏な気配は欠片もなく、どこにでもいる見習いの少女そのものだった。
呆気に取られていると、店主が俺に気づき、顔をほころばせた。
「あの時の冒険者の方じゃないですか、先日はお世話になりました。無事弟子は帰ってきまして、ほれ、ラル挨拶しなさい」
「あ、この間はどうも!」
ラルヴァータは昨日のことなど何もなかったかのように、屈託ない笑顔で頭を下げてみせる。
私は一瞬言葉に詰まったが、ラピスが先んじて口を開いた。
「すいません、主人、この娘、借りていいですか?」
「もちろんいいですよ、いつのまに知り合いに?」
「まあちょっと……すぐ返すんで」
私はラルヴァータの手を取り、店を出ると、そのまま裏路地へと引っ張っていく。
ラピスも後を追い、人気のない場所まで来たところで、改めて問い詰めることにした。
「なんでいるのかって? それはもちろん、仕立て屋の弟子だからだよ、知ってるよね?」
「だからってあの後普通に働いているのは肝が据わりすぎていませんこと?」
ラピスが呆れたように問うと、ラルヴァータはけろりとした顔で肩をすくめた。
「別に犯罪は犯してないし、それに、いなくなった人達について依頼を受けているわけじゃないんでしょ? それなら問題ないよねー」
「……たしかにな」
理屈としては通っている。
今この場に、彼女を裁く手立ても権限も、俺たちにはない。
「さすがお兄ちゃん、話がわかるねー、話が分かる人は好きだよ、結婚する?」
「少女趣味はないもんでね」
「ちぇ……まあ、いっか、で、これで謎は解けたよね? 仕事戻っていい?」
「___えぇ、戻っていいわ、あの話も問題なさそうだし」
あの話とは、これから失踪事件が起きないという話だろう。
首謀者がこんなあからさまに正体を晒している以上、続ければすぐに露見する話だ。
「じゃあねー、あっ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、友達になる話いつでもまってるからね!」
そう言って、すっかり元気な少女の顔に戻ったラルヴァータは、軽い足取りで仕立て屋へと戻っていった。
その背中を見送ってから、ラピスがこちらを向く。
「ごめんなさいですわ、これからのことを話そうとしていたのに、最初にこんな騒動に巻き込んでしまって」
「問題ない……さすがにこれは話しとかないといけないことだったしな」
そうして、出鼻をくじかれた一日が始まったのだった。
これにて失踪事件編はいったん完結です!次は主人公の成長&仲間集めの話にする予定です!




