31.仕立て屋の弟子
少女は小首を傾げ、無邪気とも取れる声音で口を開いた。
「どうしてわかったの? 探偵のお姉ちゃん」
私は油断なく身構えたまま、ラピスへ視線を送った。
彼女は日傘の柄を握り直し、静かに答え始める。
「理由は三つですわ」
「三つも、か」
思わず口を挟むと、ラピスは横目でちらりとこちらを見て、小さく頷いた。
「一つ目。トトの証言にも、地下施設に残された記録にも、失踪者たちを『脅した』『無理強いした』といった痕跡は一切ありませんでしたわ。つまり、彼らは自発的に動いていた。だとすれば、その裏には――疑われずに人を動かせる立場の人間がいるはずですの」
「疑われない立場……」
「ええ。そして二つ目。この連続失踪事件が進行している最中に、それとは毛色の違う失踪が一件だけ紛れ込んでいましたわ。仕立て屋の見習い――わたくしに最初にこの一件を依頼してきた、あなた自身の失踪です」
少女は答えず、ただ微笑んだまま先を促すように小首を傾げている。
「一つの街で、事情の異なる失踪が同時に二つ起きるなど、都合が良すぎますもの。しかもその『依頼人』が、まるで見計らったかのように姿を消した」
私も気になっていたことを、この場で口にすることにした。
「もう一つ、俺からもいいか。誰も彼もが持っている『小さな鉱脈』という、公にはされていないISの情報だ。あれを狙って人を選ぶには、対象に近づいて、自然に聞き出せる立場でなければ難しい。……仕立て屋の店先なら、客の世間話に紛れて、いくらでも探れる」
ラピスが小さく口角を上げた。
「その通りですわ。仕立ての最中に世間話をするのは、どんな街でも自然なことですもの」
少女は、感心したように小さく手を叩いた。
「さすが探偵のお姉ちゃん、細かいところを除けば正解だよ」
「細かいところ……。それより――」
ラピスの声が、初めて鋭さを帯びた。
「どうしてあなたが首謀者なんですの……!?」
「どうしてって不思議なこというね、わかっているはずだよね? うーんでも謎のお兄ちゃんがいるから答え合わせは必要かな? はじめまして、私はラルヴァータ、そう思われないような見た目だけど、種族はハクビシンモデルのアニヴェク、そしてムー所属のプレイヤーだよ」
――プレイヤー。
その一言に、私は思わず息を呑んだ。
トトを捕らえた時、ラピスが口にした言葉が脳裏をよぎる。
この世界に子供のプレイヤーはほとんど存在しない、と。
だが、目の前の少女は、まさにその「ほとんど存在しない」に該当する側の人間だった。
「子供の見た目で、プレイヤー……」
呟くように漏れた私の声に、ラルヴァータはにんまりと笑ってみせた。
「あっ、子供っぽいとおもったでしょ、それは正解だよ、ここ来る前は小学校通ってたよ、とはいえあまり成長しない体だから今はもう高校生くらいの年齢なのかな? あまり興味はないけれど。それよりさ、今ムーがピンチなんだ、助けてよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
とはいえ、彼女の出自が分かったところで、私たちにとって有益な情報になるわけではない。
目の前の脅威という点では、何も変わっていなかった。
「助けを求める言い方には聞こえないな」
私は素直に感じたことを口にした。
事実、彼女の声色には懇願の響きなど欠片もなく、むしろ底の見えない不気味な圧が滲んでいた。
「……そういうことね、勧誘が目的ですわね?」
ラピスが冷ややかに問う。
「そういうこと、ねーいいでしょ?」
先ほどまでの余裕めいた喋り方が消え、まるで駄々をこねる子供のような口調へと変わる。
そのギャップに、背筋が薄ら寒くなった。
「悪いが、断る。理不尽に人を利用するやり方に、手を貸すつもりはない」
私ははっきりと言い切った。
ラルヴァータは特に気分を害した様子もなく、「そっかー」と気の抜けた声で受け流す。
「二つだけいいかしら?」
ラピスが問いを重ねた。
「そこは一つじゃないんだ、ん、なーに?」
「地下の施設とトト、あれはなにかしら。失踪者が自ら向かった理由は判明しましたし、犯人も分かりました。ただ、あの施設と、追跡者が子供だったことだけが分かりませんの」
「アニヴェクって目立つからねー、目立たない人ってだけでできる人限られちゃうの。別に情報だけ知りたかったし、戦闘はいらないと思ってたからね」
「地下施設については?」
私は続けて問うた。
「見た限り、牢のような造りだったが」
「地下のことをきくってことは、失踪者はどうなっているか、それは知らないんだ」
そう言って、ラルヴァータは不気味に笑った。
質問に答えず、こちらの無知を見透かすような物言いだった。
「答えなさい……!!!」
ラピスの声が、路地に鋭く響く。
「お姉ちゃんこわーい。安心して、妄信的に私たちの国で働いているようにしただけだから、ちゃんと生きてるよ」
そう告げる少女の瞳には、光がなかった。
ただ、底の知れない闇だけが広がっている。
さすがに詳細までは読み取れない。
だが、このラルヴァータという少女が、見た目こそトトと同じ「か弱い子供」でありながら、まるで異なる行動基準でこの一件を動かしていることだけは、疑いようのない事実だった。




