29.トトの証言
薄暗い事務所の一室で、私たちはこれまでの調査を一から洗い直していった。
窓辺に据えられたラピスのデスクを囲むように、拘束されたトトが床に座らされている。
抵抗する気力も失せたのか、彼女は膝を抱えたまま、俺たちのやり取りを黙って聞いていた。
失踪者の共通点、アニヴェクの足跡、地下施設の牢と魔法陣、台帳に記された『小さな鉱脈』というIS、そして隣国の国璽。
私は一つずつ順を追って言葉にしながら、頭の中の情報を整理していく。
「――そういえば、アウローラで聞いた話だ。二日前の夕暮れ、布でぐるぐる巻きにした大筒を担いだ集団が、東の門を抜けていったらしい。あれが、拉致されたプレイヤーを運び出すための偽装だったんじゃないかと考えていたんだが」
その瞬間、突然俯いていたトトが勢いよく顔を上げた。
「そんなこと私たちはしない! 誓ったって、私たちはそんな真似はしてないもん!」
思いのほか強い剣幕だった。
単なる強がりや誤魔化しには見えない、必死さの滲む声音だ。
ラピスと目が合う。
彼女も同じ違和感を覚えたのだろう、無言のまま小さく頷き、トトの正面に膝をついた。
「――真偽判明」
淡い光の膜が、再び少女の輪郭に浮かび上がる。
「では改めて聞きますわ。『ムー』は、失踪したプレイヤーたちを拉致した、あるいは拉致に関わっているの?」
光は――赤く灯った。
沈黙が落ちる。
「……偽、か」
「ええ。少なくとも、この子が知る限りでは」
ラピスは腕を組み、慎重な口ぶりで付け加えた。
「もちろん、子供ゆえに末端まで情報が回っていない可能性は捨てきれませんわ」
「その可能性は否定しない。だが――」
私は顎に手を当て、考えを整理しながら口を開いた。
「気になる点がある。連中は、追跡役にわざわざ子供を使っていた。そして、この街は初心者が多いものの、それでもなお、複数のプレイヤーが誰にも気づかれず、痕跡一つ残さず消えている。手練れの組織だとするならば、追跡役を子供を使用しているのは杜撰なやり口だとは思わないか?」
ラピスの深紅の瞳が細まる。
「……確かに。手口としてはお粗末すぎますわね。まるで、別の何かが並行して動いているような」
「ああ。ムーの関与を疑うにしても、事件の全体像とは何かが噛み合っていない」
私の言葉に、ラピスは小さく頷き、再びトトへと向き直った。
「トト。あなたの知っていること、洗いざらい話してくださらない? もう、隠しても無駄だということは分かっているでしょう?」
トトはしばらく唇を噛んでいたが、やがて観念したように肩を落とし、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……名誉ミーム連邦って、外から見たら一つの国みたいに見えるけど、実際は全然まとまってないの。中の派閥……ううん、ギルドがそれぞれ好き勝手にやってるだけ。ムーは、その中でも鉱物資源にずっと困ってて。連邦の他のギルドは誰も助けてくれないから、自分たちでどうにかするしかなかった」
「それで、目をつけたのが『小さな鉱脈』か」
「うん。あのISの取得条件の一つに、『この地で生まれた者であること』っていうのがあるんだって。だから、ここで生まれた人を探して……」
私はラピスと視線を交わした。
彼女の瞳にも、微かな驚きが浮かんでいる。
『この地で生まれた者』。おそらくそれは、この世界で誕生したNPCを指す言葉ではない。現実世界から降り立ち、この地で新たな生を受けた――『プレイヤー』そのものを指す条件なのだろう。トトはそれを、文字通りの意味でしか理解していない。
「見つけた相手に声をかけて、協力をお願いするの。ちゃんと同意してくれた人だけ、商人経由で転移陣の場所を教えて、そこから向こうへ送ってもらう。それだけだよ」
「あなたたちがヴィオレさんを見張っていたのも?」
「敵かどうか、様子を探ってただけ。危害を加える気なんて、最初からなかった」
語り終えたトトは、疲れ切ったように目を伏せた。
ラピスはしばらく彼女を見つめていたが、やがて小さくため息をつき、俺の方へ向き直った。
「……にわかには信じがたい話ですけれど、真偽判明はこの子が『真実だと思っていること』を教えているだけ。少なくとも、彼女自身は嘘をついていませんわ」
「つまり、彼女の認識の中では筋が通っている、ということか」
「ええ。台帳の牢や、あの不穏な採取記録との整合性は、正直まだ取れていませんけれど……ひとまずは、この証言を足がかりにするしかありませんわね」
私は椅子の背にもたれ、静かに息を吐いた。
同意の上での協力。
だとすれば、あの牢に閉じ込められていた痕跡は何だったのか。
トトの知らないところで、別の誰かが動いているのか――それとも、彼女自身が知らぬ間に利用されているのか。
「これからどうする?」
「決まっていますわ」
ラピスは立ち上がり、深紅の瞳に探偵としての光を灯した。
「ムーそのものよりも先に、この矛盾の出どころを洗いますの。この子の話が本当なら、協力しているプレイヤーが実在するはず。まずはその人物を探し出しましょう」
私は頷き、椅子から立ち上がった。
謎はまだ、解けるどころか深まる一方だった。
だが、暗闇の中に一筋の道筋が見え始めているのも、確かだった。




