28.追跡者の正体
深く被られたフードを乱暴に剥ぎ取ると、現れたのは想像していたよりもずっと幼い顔だった。
犬を思わせる垂れた耳が頭の両脇でぴくぴくと震え、剥き出しの牙は威嚇するように俺へ向けられている。
だが、その体格は明らかに成人のそれではない。
せいぜい人間で言えば十歳前後――子供のアニヴェクの少女だった。
「……子供?」
拍子抜けした声が漏れる。
ラピスが横から覗き込み、値踏みするように少女を眺め回した。
「ふぅん。プレイヤーではありませんわね、これは」
「分かるのか?」
「この世界、基本的にはダイブに莫大な参加料が要りますもの。子供のプレイヤーなんて、ほとんど存在しませんわ。だとすれば、答えは一つ――NPCですわね」
ラピスは腕を組み、どこか納得したように頷いた。
「なるほど。道理で、あなたのような初心者でも捕まえられたわけですわ。もっとも――」
彼女は少女を睨みつけたまま、悪戯っぽく口角を上げる。
「もしヴィオレさんが取り逃がしていたら、わたくしが自分で捕まえるつもりでしたけれどね」
「……頼もしい限りだ」
私は苦笑しつつ、少女の腕を捻り上げたまま路地の奥へ視線を向けた。
「残りの二人は?」
「もう気配が消えていますわ。子供が捕まった時点で、見切りをつけて撤退したのでしょう。追っても無駄ですわね」
ラピスの声に迷いはなかった。
とりあえず今は、この一人から絞れるだけの情報を絞るしかない。
「お前、誰の指示でついてきた。目的は何だ」
私は努めて低い声で問いかけたが、少女は答える代わりに歯を剥き、暴れるように体を捩じらせるだけだった。
「知らない! あたし、なんにも知らないから!」
「なにを聞いても無駄ですわ、こういう子は。……仕方ありませんわね」
ラピスは小さくため息をつくと、私の耳元に顔を寄せ、声を落とした。
「ヴィオレさん、これから使うわたくしのIS、他言無用でお願いしますわね」
「分かった」
彼女は少女の正面にしゃがみ込み、深紅の瞳を覗き込むようにして、静かに囁いた。
「――IS『真偽判明』」
その瞬間、少女の輪郭にごく淡い光の膜が浮かび上がった。
「わたくしのISは、相手に質問を投げかけると、その答えが真か偽か、あるいは『知らない』かを色で示してくれるものですの。青は真、赤は偽、そして灰色は無知」
ラピスは少女から視線を外さないまま説明を続けた。
「チートじみているスキルのように見えますけれど、ただし欠点もありますのよ。これはあくまで、相手が『真実だと思っていること』を映すだけ。本人が思い込みで嘘を真実だと信じていれば、それも青く光ってしまいますの。確実性は保証できませんわ」
「……なるほど」
「では、始めますわね」
ラピスは少女の目を見据え、静かに問いを重ねていった。
「あなたを送り込んだのは、『ムー』ですの?」
「し、知らねぇよ! そんな奴知らねぇ!」
少女は声を張り上げて否定した。だが、輪郭を包む光は――青く染まった。
「あら。嘘は苦手なようですわね」
ラピスは冷ややかに笑い、次の問いを重ねる。
「わたくしたちの存在は、既に相手側に知られていますの?」
「……」
少女は答えを拒むように唇を噛んだが、光は問いを裏切らず、再び青く灯った。
「あなたたちの目的は、わたくしたちに危害を加えることですの?」
「あ、当たり前だろ! 見つけたら徹底的にやれって言われてる!」
少女は精一杯強がるように声を張ったが、光は――赤く灯った。
ラピスの表情が、初めて曇る。
「……偵察、だけ?」
念を押すように呟いた問いに、口では何も答えなかったものの、光は再び青く光った。
沈黙が路地に落ちた。
ムーが関わっていたことは想定通りだ。
だが、自分たちの存在が既に把握されていながら、危害を加える意志がないという事実は、かえって薄気味の悪い違和感を残した。
見張られているだけ。
それも、殺されも脅されもせず、ただ観察されているだけだとしたら――一体何のために。
「……ますます分からなくなりましたわね」
ラピスは眉根を寄せつつ、最後にもう一つ問いを重ねた。
「あなたの名前を、正直に教えてくださる?」
少女はしばらく唇を引き結んでいたが、何度嘘をついても見透かされ続けたことで、抵抗する気力が萎えたのだろう。
やがて、観念したように小さく息を吐いた。
「……トト。あたしの名前は、トト」
呟くように漏れた声とともに、光は青く灯る。
今度こそ、正直な答えだった。
「トト、ですのね。覚えましたわ」
ラピスは指先で小さな紋様を宙に描いた。
淡い魔力の糸がトトの首元に絡みつき、逃走と口外を封じる拘束の証として刻まれる。
「しばらくはこの拘束で大人しくしていただきますわ」
私は少女の腕を離し、その場に座り込ませた。
怯えたような目でこちらを睨みながらも、抵抗する素振りはもう見せなかった。
「さて」
ラピスが日傘を開き直し、傾き始めた陽の下で息をつく。
「予定通り、事務所に戻りましょうか。今日拾った情報を、一つ残らずまとめる必要がありますもの」
私は頷き、拘束したトトを引き連れて、彼女とともに歩き出した。
夕暮れの旧市街は、何も知らない喧騒のまま、いつも通りの一日を終えようとしていた。




