27.共通点と追跡者
この空っぽの部屋に残された痕跡は、事件の底知れぬ深さを静かに物語っていた。
私は木箱の山から取り出した書類を、一枚ずつ検分していった。
羊皮紙に殴り書きされた文字は乱雑だが、記載されている項目自体は妙に整然としている。
個体識別番号、収容日、採取量。そして――末尾に記された一行に、私は指を止めた。
「……ラピス、これを見てくれ」
紙を差し出すと、彼女は素早く視線を走らせ、眉をひそめた。
「『IS:小さな鉱脈』……」
「他のページも同じだ。ざっと数えて十一件。名前も種族も職業もばらばらなのに、この欄だけが判で押したように一致している」
私は書類の束をさらに繰り、名前の記載を目で追った。
仕立て屋の見習いの名はない――彼女は連れ去られる前に自ら故郷へ帰ったのだから、当然だ。
だが、それ以外の失踪者たちの名は、すべてこの台帳の中に見つかった。
「『小さな鉱脈』というのは、確か……」
「ええ。一日に一度、掌に乗るほどの魔力石の欠片を生み出すだけの、地味なインディペンデンス・スキルですわ」
ラピスは水晶を握ったまま、静かに続けた。
「戦闘にも使えず、量産のしようもない。冒険者の間では、はっきり言って外れスキルの部類ですの」
「だが、この台帳の『採取量』という項目と、そのISの効果が一致するとしたら――」
俺は牢の列と、部屋の中央に描かれた魔法陣を交互に見やった。
「連中は、閉じ込めた人間から日々生まれる魔力石の欠片を回収し、あの陣で運び出していた、ということか」
「そう考えれば、辻褄が合いますわ」
ラピスの声にも、隠しきれない緊張が滲んでいた。
「一人が生み出す量はたかが知れていても、十一人分を毎日、それも表の市場を通さずに手に入れられるとしたら……安定した資源供給網を、丸ごと手に入れたも同然ですもの」
「つまり、連中が狙っていたのは、人そのものではなく――」
「その『IS』の方だった、というわけですわね」
俺は顎に手を当て、思考を巡らせた。
「一つ、腑に落ちない点がある。『小さな鉱脈』の獲得条件が判明しているのなら、わざわざ他国の、それも不可侵の領律に守られた住民をさらわずとも、自国民に条件を満たさせればいいだけの話じゃないか?」
「……ええ、そこがわたくしにも分かりませんの」
珍しく、ラピスの声に迷いが滲んだ。
「獲得条件自体は、さして特殊なものではありませんわ。ただ、なぜわざわざ手間とリスクを冒してまで、既に発現済みの他国民を狙う必要があるのか。動機の部分だけが、どうしても繋がりませんの」
「同じISを、複数所持することはできないのか?」
「できませんわ。一人につき、同じ種類のISは一つだけ。だからこそ頭数を揃える必要がある……とは思いますけれど、それだけでこの危険を冒す理由としては、正直弱い気がしますわね」
彼女は書類を丁寧に折り畳み、懐へしまい込んだ。
「これ以上は、憶測を重ねてもしょうがありませんわ。国璽の一件も含めて、一度きちんとまとめる必要がありますの」
「ああ。ここにあるものは、もはや一介の冒険者が抱えていい規模の話じゃないな」
俺たちは頷き合い、朽ちた井戸の底へと続く出口へ向かって歩き出した。
◆
井戸を這い上がり、商人が消えたあの路地へ戻った時には、既に陽が傾き始めていた。
大通りの喧騒を横目に、事務所へ戻る道を辿る。
だが、旧市街の細い路地へ入ったところで、背後に微かな気配を感じ取った。
意識してみれば、井戸を上がった直後から、視線のようなものがずっと張り付いていた気がする。
「……ラピス」
「気づいておりましたわ」
俺が声を潜めるより早く、ラピスが囁くように答えた。
深紅の瞳に、探偵としての鋭さが宿る。
「三人。距離を保ったまま、綺麗に囲むような位置取りをしていますわね」
「探す側から、探される側に回ったということか」
自嘲めいた呟きが漏れる。
国璽の証拠を手にした途端これとは、あまりにも出来すぎた話だった。
「ここは分かれますわよ。わたくしが囮になりますから、あなたは一番後方の一人を」
「いや」
俺は即座に首を振った。
「君を一人にはできない。三人まとめて相手にする」
「相変わらず、ワトソン役の分をわきまえませんのね」
呆れたような声とは裏腹に、ラピスの口元がわずかに緩んだ気がした。
次の角を折れると同時に、俺は身を翻し、真後ろの路地へと踏み込んだ。
血の巡りが加速し、視界の端に映るすべてが妙に鮮明だった。
物陰、水路沿いの細道、積まれた木箱の隙間――逃走に使えそうな経路が、勝手に頭の中で線として繋がっていく。
ユニンの脚力を存分に発揮し、追跡者の一人が曲がってくるであろう角の死角に滑り込む。
足音が近づき、フードを目深に被った人影が視界の端を横切った瞬間、俺はその胸元へ肩から体当たりを叩き込んだ。
くぐもった呻き声とともに、相手が壁際へ叩きつけられる。
素早く体勢を入れ替え、逃げようともがく相手の両腕を背後で捻り上げた。
「……大人しくしてもらおうか」
薄暗い路地の奥、フードの隙間から覗く瞳だけが、こちらを睨みつけている。
種族も、素性も、どこの誰の差し金かも、この場では何一つ判然としない。
ただ一つ確かなのは――この件が、もはや失踪事件などという枠に収まる話ではなくなっているということだけだった。




