25.分析と交渉
色褪せたテントの布地が、乾いた風に揺れていた。
足音を隠すこともなく、再び先ほどの露店へと歩み寄る。
「またあんたか。さっき、何も知らねぇって言ったはずだぜ」
パイプを咥え直した中年の商人は、ユニンの長身を見上げるなり、あからさまな嫌悪と警戒を滲ませて顔を背けた。
その態度を気にする素振りも見せず、並べられた古びたアクセサリーを一つ手に取る。
「西のキャラバンから流れてきた品か。悪くない細工だ。ただ、この街の客層には少々渋すぎるな」
「……見立ては悪くねぇな。だが、冷やかしならよそへ行ってくれ」
「冷やかしじゃないさ。ただ、少し気になったんだ」
アクセサリーを丁寧に戻し、商人の目を真っ直ぐに見据える。
「君の店の立地、品揃え、そして客足。ざっと見たところ、この店単体での利益は決して多くないはずだ。にもかかわらず、君は他の商人のように声を張り上げて客を呼ぼうとしない。まるで、特定の『誰か』が来るのを待っているかのように」
商人の肩がビクッと跳ねた。咥えていたパイプから、細い煙が不自然に途切れる。
「……何が言いてぇんだ」
「分析させてもらったよ。君は本来、堅実な商売人だ。だが、今の君の利益構造は明らかに歪んでいる。表の商売はおまけで、裏の取引――つまり『特定の客を誘導する対価』で生計を立てているのだろう?」
声を潜め、彼にしか聞こえないトーンで言葉を紡ぐ。
威圧感を与えないよう声色はあえて柔らかく保ちつつ、逃げ道を塞ぐように論理を組み立てていった。
「だが、その取引相手は君を対等なパートナーだとは思っていない。もし君が彼らの不利益になるような行動をとれば、真っ先に切り捨てられる。君自身も、その危うさに薄々気づいているはずだ」
商人の額にじわりと脂汗が浮かぶ。
周囲の喧騒が嘘のように遠ざかり、二人の間だけに張り詰めた空気が落ちた。
「あなたが黙っている理由は、犯人を庇っているからじゃない。自分が巻き込まれるのが怖いからだ」
図星を突かれた商人は、大きく息を呑んだ。
「……あんた、何者だ。俺をどうする気だ?」
「私はただのプレイヤーだ。だが、理不尽に人をさらうような連中を野放しにしておくつもりはない」
ポケットから手を出し、両の掌を上に向けて見せる。敵意がないことを示すためのポーズだ。
「ここで全てを話してくれれば、君のことは無関係な一般人として扱う。ユーラシア王国の『不可侵』の領律ドミネイトがあるとはいえ、裏の連中と関わり続けるのは君の寿命を縮めるだけだ。私が彼らを排除すれば、君はもう怯える必要がなくなる。どうだ?」
商人は震える手でパイプを台に置くと、深く、長く息を吐き出した。抗う気力が完全に折れた音だった。
「……信じるぜ、旦那。俺だって、あんな連中と関わりたくて関わったわけじゃねぇんだ」
周囲を警戒するように素早く視線を泳がせた後、掠れた声で語り出す。
「手口は単純だ。狙うプレイヤー連中に『種族限定のレアな装備が簡単に手に入る場所がある』って持ちかけるんだよ。ここらへんに住んでる連中は初心者か戦闘しない連中しかいないからな、食いつきはいい話だ。そして食いついた奴らを、この街の地下へ案内する。それだけだ」
「地下?」
「ああ。プレイヤーのマップには載ってねぇ、俺たち住人しか知らない旧下水道の奥だ。そこに廃棄された施設があってな。そこへ連れて行けば、『ムー』の連中からたっぷりとユールが支払われる手はずになってた。……その後、あいつらがどうなったかまでは、本当に知らねぇんだ」
「十分だ。有益な情報を感謝する。これからは、表の商売だけで堅実に稼ぐことだな」
なけなしの銀貨を数枚、ガラクタの代金として台に置き、踵を返す。
背後から、安堵したような声が微かに届いた。
「気をつけてな、旦那」
「――というわけだ。相手の弱みにつけ込むような真似をしなくとも、人は理と利を説けば自ずと口を開くものさ」
大通りに面したテラスカフェ。
木漏れ日の落ちるテーブルに戻り、冷めかけたコーヒーを啜りながら事の顛末を語る。
向かいの席では、大きな黒い傘で顔の半分を隠したラピスが、目を丸くしてこちらを見上げていた。
やがて彼女は、呆れたような、しかしどこか感心したようなため息をつき、笑う。
「ふふっ……本当に、呆れるほど真っ直ぐで、そして鮮やかな手腕ですわね。脅迫に近いものはあったものの、わずかな会話だけで相手の心理を丸裸にして情報を引き出すなんて」
「言っただろう? 交渉事は得意分野だと」
「ええ、認めざるを得ませんわ。わたくしのワトソン役にしては、少々優秀すぎるかもしれませんわね」
ソーサーにカップを優雅に置き、スッと立ち上がる。黒いゴシックロリータのスカートが軽やかに揺れた。
「手口と目的地の両方が割れましたわ。街の地下にある、プレイヤー未発見の廃棄施設……。そこに『ムー』の運び屋たちが潜んでいる、あるいは拉致の拠点にしている可能性は極めて高いですわね」
「ああ。急ごう。まだ運ばれていない拉致されたプレイヤーたちが、そこに残っている可能性がある」
「ええ。では、その地下施設とやらへご案内いただけますかしら?」
黒い傘をくるりと回し、深紅の瞳に鋭い探偵の光が宿る。
頷き、席を立った。
太陽は高く昇り、街は一層の活気を帯びていたが、視線の先にあるのは光の届かない深く暗い地下の闇だ。
ロングコートを翻し、先陣を切って歩き出す。
誰もが安心して生きられる国を創る。
その土台を脅かす理不尽な悪意を、この手で暴き、叩き潰すために。




