24.集会所の商店
喧騒の響く石畳の通りを歩きながら、ふと隣に目をやると、ラピスはいつの間にか大きな黒い洋傘を開いていた。
フリルのあしらわれた漆黒の傘布が陽の光を遮り、彼女の顔の半分を暗い影の中に隠している。
すれ違うプレイヤーたちの視線を避けるように、傘の柄を両手でしっかりと握りしめていた。
「随分と厳重な警戒だな」
「ええ。言ったでしょう? わたくしは少々、表立って顔を晒すわけにはいかない身なのですわ」
傘の下からくぐもった声が返ってくる。
歩みが止まったのは、石造りの巨大な建物の前だった。
様々な種族が行き交い、武器の触れ合う音や話し声が絶え間なく漏れ出てくる場所。
冒険者や生産職のプレイヤーが情報交換やパーティー募集に使う、先日訪れた集会所の近くだった。
「一つ疑問なんだが」
建物の入り口を見やりながら尋ねる。
「失踪したプレイヤーたちは、全員が戦闘を生業とする冒険者だったのか?」
「いいえ」
ラピスは即答し、傘の下で微かに首を振った。
「レベルも職業もバラバラ。中には生産職や、ただ街でスローライフを楽しんでいたような者も含まれていますわ。だからこそ、なぜ彼らが皆、消える直前にわざわざこの集会所周辺を訪れていたのか……それが最大の謎というわけですの」
なるほど、と顎に手を当てる。
用があるはずのない人間が共通して足を運ぶ場所。
そこに何らかの「罠」か「接触」があったと考えるのが自然だった。
「では、ヴィオレさん。わたくしはこの傘の下から動けませんから、あなたが集会所の中で目撃者を探してきてくださる? 失踪者の特徴は、行きすがらお伝えした通りですわ」
「分かった。少し待っていてくれ」
頷き、一人で集会所の中へと足を踏み入れる。
ユニン特有の百九十センチを超える長身は、人混みの中でも視界が開けて都合がよかった。
冷静さを装いながら、掲示板の前にたむろす情報屋らしきプレイヤーや、受付のNPCたちに世間話を装って探りを入れていく。
目撃者を探す作業は、拍子抜けするほどあっさりと終わった。
多くの人々が、失踪者たちの姿を記憶していたのだ。
彼らの証言をすり合わせるうち、奇妙な共通点が鮮明に浮かび上がってきた。
「戻ったぞ」
外で待つラピスの隣に立ち、声を潜める。
「失踪者たちは皆、集会所の中で誰かと会っていたわけじゃない。建物のすぐ外――あそこにある露店で、買い物をしていたらしい」
視線の先には、集会所の壁沿いにひっそりと構えた、みすぼらしいテントがあった。
並ぶのは色とりどりの怪しげな薬瓶や、古びたアクセサリーといったガラクタに近い品々だ。
店主らしき中年のNPC商人が、退屈そうにパイプをふかしている。
「なるほど……。あそこに接触の起点が」
傘をわずかに傾け、深紅の瞳で商人を観察する。
「さっそく、お話を聞きに行きましょうか」
足並みを揃えて露店へと近づいていった。
客の気配に気づいた商人が、愛想笑いを浮かべて立ち上がる。
「いらっしゃい、旦那。珍しい品が揃ってるぜ。何かお探しかい?」
「いや、買い物じゃないんだ。少し人探しをしていてね」
穏やかな声を保ったまま、失踪した人たちの特徴を手早く伝える。
「君の店で、彼らが買い物をしていたという証言をいくつも聞いた。何か思い当たることはないか?」
その瞬間、商人の顔からスッと愛想笑いが消え去った。
「……し、知らねぇな」
パイプを持つ手がかすかに震え、視線が泳ぐ。
汚れた袖で、しきりに額の汗を拭っていた。
「俺はただここで商売をしてるだけだ。客の顔なんていちいち覚えてねぇし、何も知らねぇよ。邪魔しないなら帰ってくれ」
あからさまな動揺だった。
喉仏が不自然に動き、声は上ずっている。
これ以上問い詰めても、貝のように口を閉ざすか、逃げ出されるだけだろう。
「そうか、すまなかったな」
短くそれだけ告げ、動こうとしないラピスの肩を軽く叩いて、その場を離れる。
「完全に黒でしたわね」
商人の視線が届かない、大通り沿いのオープンテラスカフェ。
木漏れ日の落ちるテーブル席で、黒い傘を閉じながら不満げにこちらを見つめ、ラピスが紅茶のカップを持ち上げた。
「ああ。嘘をつき慣れていない素人の反応だった。彼は間違いなく、何らかの形で拉致に関与しているか、事情を知っている」
苦いコーヒーを一口すすり、静かに同意する。
「だったら、話は早いですわ」
カップをソーサーに置き、艶やかに微笑む。
その瞳には冷徹な光が宿っていた。
「わたくしの情報網を使って、あの商人の裏を徹底的に洗いますわ。借金、家族、過去の不正……彼が隠している弱みを握り、少しばかり『強制的』に口を割らせてやりますの。そうすれば――」
「いや、それは却下だ」
即座に遮る。
ラピスは目を丸くして、不満げに眉をひそめた。
「なぜですの? 手っ取り早く確実な方法ですわよ」
「二つ理由がある。一つは、NPCとはいえ強迫まがいの手段を使えば、後々に禍根を残す。私が目指す国造りの理念にも反するやり方だ」
カップを置き、真っ直ぐに深紅の瞳を見据える。
「二つ目。仮に彼が『ムー』に脅されて協力している末端の駒だった場合、私たちが強引に動けば、彼を通じてすぐにムーの本体へ情報が漏れる危険性が高い。警戒されれば、尻尾を掴む前に証拠隠滅を図られるぞ」
ラピスはしばらく不服そうに唇を尖らせていたが、やがて呆れたようにため息をついた。
「相変わらず、綺麗事を並べるのがお上手ですわね。理にかなっているから反論しづらいですけれど。じゃあ、あの口の堅い怯えた商人から、どうやって安全に情報を引き出すおつもり?」
「ここは、私に任せてくれないか」
襟を正し、自信を込めて口角を上げる。
「交渉事は私の最も得意とする分野だ。彼の口から、自発的にすべてを話させてみせよう」




