23.失踪の手段
翌日。
裏路地にひっそりと佇むラピスの探偵事務所の扉を押し開けると、カランと乾いたベルの音が室内に響いた。
窓から差し込む午後の光が、宙を舞う細かな埃を黄金色に照らし出している。
インクと古い紙の匂いが漂う薄暗い部屋の奥、豪奢な革張りのオフィスチェアは、初めてここを訪れた昨日とまったく同じように、入口へ背を向ける形で置かれていた。
「やあ。約束通り来たぞ」
コートを軽く払いながら声をかけた、その瞬間だった。
くるりっ、と勢いよく椅子が回る。
黒いゴシックロリータのスカートが花のように広がり、銀色の長髪が空気を切った。
ラピスは立ち上がると、カツカツとヒールの音を鳴らしながら、小走りで目の前まで駆け寄ってくる。
「お待ちしておりましたわ、ヴィオレさん」
「……一つ聞きたいんだが」
彼女を見下ろし、小さく息を吐く。
「本題に入る前に、毎回その顔を隠して椅子を回すくだりをやるつもりなのか?」
「あら。探偵たるもの、ワトソン役への気の利いた演出は欠かせませんことよ?」
悪びれる様子もなく、銀装飾の杖を胸元に抱えたまま、牙を覗かせて笑う。
どうやらこの一連の動作は、彼女にとって探偵としてのアイデンティティの一部らしい。
呆れ半分、感心半分の息を吐き、本題を切り出すことにした。
「演出の評価は後回しだ。頼まれていたアウローラでの聞き込みだが、君の予想通りだったよ。二日前の夕暮れ時、布でぐるぐる巻きにされた大筒――大型の銃のようなものを背負った集団が、東へ向けて門を抜けていったそうだ」
報告を聞いたラピスは、芝居がかった笑みをすっと引き締め、ひんやりとした探偵の顔つきに変わった。
「やはり、そうですわね。ご苦労様でしたわ」
杖の石突きでコツンと床を叩き、こちらを見据える。
「結論から言いましょう。予想通りこの一連の事件は、名誉ミーム連邦のギルド『ムー』による組織的な拉致ですわ」
「拉致……。つまり、あの大筒は」
「ええ。現在の戦場において、巨大な重火器を装備するメリットは皆無に等しいですの。取り回しが悪く、行動ごとの熟練度も上がりにくい。おまけにここは『不可侵』と『不死』の領律が敷かれたユーラシア王国ですわ。過剰な武装を持ち歩くなど、不自然極まりない」
窓辺へ歩み寄り、ブラインドの隙間から外の通りを見下ろしながら言葉を継ぐ。
「あれは銃などではありませんわ。中身の機構をくり抜き、気絶させたプレイヤーを詰め込んで外の領域へ運び出すための『箱』ですの。荷物や武装に偽装して関所を抜ける――それこそが、ムーが他国で人をさらう際に使う常套手段なのですわ」
「なるほど。武装にしか見えないからこそ、NPCの衛兵たちも深くは詮索しなかったというわけか」
顎に手を当て、頭の中で情報を整理する。
「だが、手口が分かったとはいえ、それだけでは推測の域を出ないのではないか?」
「ええ、もちろんわたくしも昨日一日、ただ紅茶を飲んでいたわけではありませんわ」
得意げに振り返る。
「昨日、わたくしは別ルートから『ムー』の他国での動向を洗っておりましたの。そして突き止めた事実として、彼らは他国で人をさらう際、まさにその『大型の銃に偽装した筒』を運び屋に使役しているという情報が入りましたわ」
杖の先で自身の肩をトントンと叩く。
「わたくしが得た他国での『ムーの手口』に関する情報。そして、あなたが足で稼いできた『大筒を背負った集団が東へ向かった』という目撃証言。この二つが組み合わさったことで、点と線が繋がりましたの。彼らは間違いなく、あの筒の中にターゲットを詰め込んで連れ去ったのですわ」
「なるほど……。単なる推測が、君の裏付けと私の証言で確信に変わったわけだ。見事な手際だな」
顎に手を当て、深く頷く。彼女の裏情報がなければ、あの屋台の主人の言葉も、ただの奇妙な集団の噂話で終わっていただろう。
「犯人の正体と手口が確定した。となれば、次に私たちがすべきことは、尻尾を掴むための行動だな」
「ええ。実は裏付けの証拠集めの最中に、もう一つ、非常に興味深い事実を突き止めましてよ」
デスクの上から一枚のメモ用紙を手に取り、ヒラヒラと揺らして見せる。
「失踪した被害者たちは、レベルも職業も種族もバラバラ。ですが、彼らが消える直前に『とある場所』へ足を運んでいたという共通点を見つけましたの」
「とある場所?」
「ええ。おそらく、そこで何らかの接触があり、拉致のターゲットとしてマーキングされたのでしょう。まずはそこへ向かいますわよ」
メモをポケットにしまい込み、軽やかな足取りで事務所のドアノブに手をかける。
「案内を頼めるか」
「もちろんですわ。さあ、ワトソン役。善は急げですわよ」
開け放たれた扉の向こうには、喧騒に満ちた首都の街並みが広がっていた。
コートの襟を正し、先を行く小さな探偵の背中を追って、眩しい陽光の中へと足を踏み出した。




