18.領律
「調査?」
思わず聞き返すと、ラピスはパイプを灰皿へ置き、瞳を細めて頷いた。
「そうですわ。この連続失踪事件については、わたくしも元々追っておりましたの。とはいえ、単独では集められる情報に限界を感じていたところに、ちょうどあなたが飛び込んでいらっしゃったというわけですわ」
「なるほど。渡りに船というわけか」
「ええ。時間をかければわたくし一人でも解決できそうですけれど、これはあまり時間をかけないほうがいい類たぐいの事件になりそうでしたのでね」
杖を手に取り、床をトンと鳴らして立ち上がる。
「では、さっそく貴方にご質問なのですけれど、この失踪事件の噂はどこでお知りになったのかしら?」
「一番最初に受けた、ランクEのクエストでのことだ」
記憶を辿りながら答える。
「仕立て屋の見習いを探すという内容でな。それ自体は家庭の事情による単なる帰郷で、事件とは別件だった。だが、彼女のアパートへ聞き込みに行った際、住人から『他にも人が消えている』という噂を聞いてな。ギルドの管轄外だから無視してもよかったんだが、どうにも気になったものは調べたくなる性分でね」
「……なるほど。あそこのお弟子さんも失踪していたのですね」
計算高さの欠片もない、素の呟きがラピスの唇から漏れた。
だが、それもすぐに脇へ置き、いつもの優雅な笑みを取り戻す。
「まさか一番下級のお使いクエストから、この事件の尻尾に繋がることがあるとは。これも何かの運命といったところかしらね」
「それで、私は具体的にどうすればいいんだ?」
「詳しいことは、現場に向かいながらお話ししましょう。そのお弟子さんの住んでいたアパートまで、案内してくださる?」
黒いゴシックロリータのスカートを翻し、ラピスが出口へ向かう。
短く頷き、その後を追った。
工房区画の喧噪を抜け、入り組んだ旧市街へと向かう道すがら、これまでの調査内容が語られていった。
彼女の話を整理すると、奇妙な共通点が三つ浮かび上がってくる。
一つ、消えているのはNPCではなく「プレイヤー」だけであること。
二つ、被害者のレベルや職業、種族に一貫性はなく、完全に無差別に見えること。
三つ、他国から訪れたプレイヤーではなく、「ユーラシア王国の住民」だけが狙われていること。
薄暗い旧市街の路地を歩きながら、ラピスが導杖を弄ぶように回してこちらへ視線を向けた。
「さて、この時点での情報でヴィオレさん――あ、長いのでヴィオレさんと呼びますわね。ヴィオレさんは、どう思われまして?」
「順当に考えるなら……」
顎に手を当て、論理を組み立てる。
「プレイヤーだけが狙われているというのなら、PKプレイヤーキル集団、あるいは個人のPK犯が活動していると考えるのが自然だ。この世界は一度死んでしまえば復活できない仕様のはずだ。死体や痕跡がシステム的に消滅すると考えれば、殺害が『失踪』に見えなくもない」
「ふふっ。普通はそう思いますわよね。ある前提がなければ、わたくしも真っ先にそう考えていたでしょう」
「ある前提?」
「その前提というのは、このユーラシア王国の住民でいる限りは『死ねない』ということですわ」
歩みを止めず、前を見据えたまま涼やかな声で告げる。
「正確に言うのなら、死ぬことはできるけれど、ペナルティなしで『リスポーン』ができる、と言ったほうが正しいですけれど」
「……どういうことだ? チュートリアルで受けた『復活できない』という説明が嘘だったということか?」
「いいえ、そういうことではありませんわ。貴方も国を創るというお話が嘘ではないのでしたら、今のうちに頭に入れておいたほうがよろしくてよ。国家としてシステムに承認された領地において、絶対に守らされる強権的なルールがありますの。それが『領律』と呼ばれるものですわ」
「どみねいと……」
聞き慣れない響きを口の中で反芻する。
「そう。領律は、国ごとに一つだけ設定できて、領地内であれば敵味方関係なく、誰であっても強制的にそのルールが適用されますの。とはいえ、さっそく例外となりますけれど……この永久中立国ユーラシア王国だけは特別に二つの領律が設定されておりますのよ」
足を止め、振り返って二本の指を立てる。
「領律『不可侵』と、領律『不死』。内容も名前から分かる通り。不死は、ユーラシア王国の住民である限り、誰も本当の意味で殺すことはできないし、殺されることもない。不可侵は、他国へ侵攻することも、他国から侵攻されることもないというものですわ。このルールのおかげで、数多の強国に囲まれているユーラシア王国であっても、NPCや生産職のプレイヤーが安全に暮らすことができていますの」
「なるほど。領律というシステムがあるからこそ、PKは絶対にあり得ないと」
すべてが腑に落ち、深く頷いた。
「だからこそ犯人は、あえて『ユーラシア王国の住民であるプレイヤー』をターゲットにしている……そういう条件付けをしていたんだな」
「理解が早くて助かりますわ」
満足げにラピスが微笑む。
「もちろん、システム上のリスポーンはプレイヤーの意思で拒否することも可能ですわ。PKされてそのままリスポーンを拒否する、というリアル志向の方もいるでしょうけれど……それだったら、わざわざ『不死』が約束されたユーラシア王国に留まる必要はありませんもの。それに全員が全員、リスポーンを拒否したとは考えにくい。それが、この失踪事件の謎を深くしている最大の原因ですわ」
「本来なら死なないはずの人間が、跡形もなく消えている……か」
「ええ。真実は隠せても、痕跡までは消せませんわ。だからこそ、わたくしたちでその痕跡を炙り出して差し上げましょう」
語り終えるのとほぼ同時に、入り組んだ路地の視界が開けた。
湿った苔の匂いが漂う中庭。
三階建ての古めかしい建物――見習いの少女が住み、三人のプレイヤーが姿を消したという集合住宅『蔦の葉亭』が、不気味な静けさとともに二人を出迎えた。




