17.九大国家
果てしなく長い道のりになる。それは容易に想像がついた。
だが、その明確な行動指針を得られたことは、暗闇の中で確かな灯火を見つけたに等しかった。
「ギルドを設立し、拠点を作り上げる……それに呼応しての仲間集めか」
思考の波に揺られながら、一つ息を吐き出す。
もとより、一人の手で国家などという巨大なシステムをゼロから組み上げ、動かし続けられるとは思っていない。
人には向き不向きがあり、法整備や交渉事を得意とする自分の裏側には、必ず戦力や物資の確保といった泥臭い実務がつきまとう。
多様な意思を束ね、それぞれを適材適所に置いてこそ、国というものは成り立つ。
だとすれば、仲間集めが最初の関門となるのは、システムとしてもごく自然な帰結だった。
「ほかはおありかしら? さすがに国造りのような、面白すぎる質問はもうやめてほしいですけれど」
パイプの灰を軽く落とし、ラピスは呆れたような、それでいて面白がるような視線を寄越してきた。
「ああ、さすがに突拍子もない質問はもうしない。細々と聞きたいことは山ほどあるが、あまり長くなるのも本意ではないからな。ひとまず、これで最後の質問としよう」
白いロングコートの襟を正し、深紅の瞳を正面から見据える。
「この世界にある、他の国々について教えてほしい」
「あら」
目を丸くしたラピスは、やがて艶やかな笑みを浮かべた。
「一丁前に敵情を知りたいってわけね。野心があるのは悪くないけれど、無知な背伸びはいつか身を滅ぼしますわよ。……まあ、わたくしが言うのもなんですけれどね」
革張りの椅子から立ち上がり、『黒曜の導杖』の石突で床をトンと叩く。
杖の先端から青白い魔力の粒子が立ち上り、薄暗い探偵事務所の宙に、巨大な世界地図の幻影を描き出した。
それは、かつて現実世界で見慣れた「地球」の地形図と驚くほどよく似ていた。
「この世界の地形は、かつての現実世界とほぼ同じ。その地形にあわせて現在、大小合わせて百を超える国々が乱立しておりますわ。ただ、その中には自らの力で地形そのものを造り変えてしまった規格外の国も存在しますの。今回は、特に力を持つ『九大国家』についてお教えしますわね」
涼やかな声とともに、空中の地図に光の点が次々と灯っていく。
まず杖の先が示したのは、今いるこの場所――中央アジア一帯に広がる不可侵領域、ユーラシア王国だった。
そこから視線が東南へ移る。東南アジアからオーストラリアに相当する海域には、巨大な太陽の形に再構築された国土が浮かんでいた。
「あそこが『ゾンネ・ソアレ公国』。最強のプレイヤーが大公として君臨し、周囲の島々を八人の騎士が封建的に治めておりますわ」
杖の先がヨーロッパ方面へと滑る。
「西の端、元のイギリスの位置にあるのが『Grand-SeaGodam(白夜海地)』。地形の変化はない一番小さな大国ですが、神王を戴く立憲君主制の強国です。そして、その東側……ヨーロッパからロシア西部にかけての広大な大地を支配しているのが『名誉ミーム連邦』ね。四つの巨大な勢力がそれぞれ地域を管理し、中央で議会を回しているわ」
地図の南側、元の地形でいうアフリカ大陸は、定規で引いたかのように真四角に切り取られ、さらに十二の区画に分割されていた。
「あそこは『カオス共和国』。十二の代表者が選挙でトップを決める弱肉強食の地ですわ。そして海を隔てた西側、南北アメリカ大陸全域を呑み込んでいるのが、現在最大領地を誇る『エクレール神国』。一人の絶対的な無敗のプレイヤーを神として崇める、狂信的な国家よ」
説明には無駄がなく、的確だった。
続けて語られたのは、中央ロシアからインドへ縦に長く伸びる『ブリースリゾルテ聖国』――一人の聖女を象徴に掲げながら、実務は議会が担っている国。
北太平洋の中央にぽつんと浮かぶ星型の埋立地『キュアスター偶像国』――アイドルグループが治め、熱狂的なファンである国民からの外貨獲得によって世界一位の経済力を誇る国。
そして、中東の砂漠地帯を近代都市へと変えた『ミッドイースト学園』――国そのものが一つの巨大な教育機関という特異な体制の国。
次々と明かされる大国たちの規格外のスケールと個性に、思わず息を呑む。
これほど圧倒的な歴史とルールを持つ大国がひしめく中に、自分の理想を打ち立てるというのか。
――そして、最後の一つ。
不意に、ラピスの声のトーンが落ちた。
空中の地図が回転し、極東の海に浮かぶ列島――かつての日本があった位置に光が当たる。
だが、その島国は元の形をとどめておらず、鋭く美しい「三日月」の形へと姿を変えていた。
「極東の地、大統領制を敷く幻想魔都……『月夜国』」
その名を口にした瞬間、深紅の瞳がわずかに伏せられ、手にしたパイプの紫煙が不自然に揺れた。舌の上に残った苦みを吐き出すような、酷く歯切れの悪い声だった。
何らかの個人的な感情――それも決して浅くはない因縁があることは、誰の目にも明らかだった。
だが、指摘するより先に、ラピスはパチンと指を鳴らして地図の幻影をかき消した。
「……といったところかしら。これが、現在のこの世界を支配する大枠の勢力図よ」
「長々と助かる。極めて有益な情報だった」
彼女の動揺には気づかないふりをして、深く頭を下げた。
「ふふ、喋るのは好きだから気にしないでちょうだい。それに、これは依頼の対価ですもの」
いつもの芝居がかった優雅な笑みを取り戻し、ラピスは椅子に腰を下ろす。
「こういった質問なら、わたくしの依頼が終了するまでならいくらでも答えて差し上げますわ。気軽に聞いてちょうだいな」
「恩に着る」
「さて。それじゃあ、本題であるわたくしからの依頼の話に入りましょうか」
机の上で手を組み、小首を傾げる。
そして、微かに目を細めた。
「……ん? 『さっき聞いた失踪事件について答えてもらっていない』とでも言いたげな顔ね」
図星を突かれ、わずかに眉が動く。
ラピスは鋭い牙を覗かせ、獲物を狙うような笑みをさらに深めた。
「忘れてなどいませんわ。というよりも、その不可解な連続失踪事件の調査こそが――あなたが手伝うべき、わたくしの依頼なのですから」




