16.国造りの方法
パイプを唇から離し、甘い香りの紫煙を細く吐き出しながら、ラピスは深紅の瞳でこちらを真っ直ぐに見据えた。
「さて、何からお聞きになりたいのかしら」
その問いを受け、頭の中に無数の選択肢が浮かんでは消えていく。
プレイヤーたちが治めているという国々の現在の政治情勢や勢力図。
この街を統べるユーラシア王国について、さらに踏み込んだ詳細を尋ねるべきか。
どちらも今後を生き抜く上で喉から手が出るほど欲しい情報だ。
だが、この世界に降り立った最大の目的――「誰もが安心して挑戦できる土台を築く」という至上命題を果たすためには、枝葉の知識よりも先に、最も根幹となるシステムの仕様を押さえておく必要がある。
思考を整理し、静かに口を開いた。
「単刀直入に聞こう。この世界で『国』を創るには、どうすればいい?」
その瞬間、ラピスの動きがぴたりと止まった。
パイプから立ち昇る紫煙だけが揺らぐ中、彼女は目を丸くしてこちらを見つめ、やがて――。
「ふっ……あはははっ!」
堪えきれなくなったように吹き出す。
銀色の長髪を揺らしながら笑い声を上げるその表情は、「冗談でしょう?」と雄弁に語っており、ヴァザー族特有の鋭い牙が楽しげに覗いていた。
眉一つ動かさず、笑いが収まるのを静かに待つ。
無理もない反応だった。
今日この世界に降り立ったばかりの、チュートリアルを終えたかどうかも怪しいランクEの新人が、いきなり国家元首になる方法を尋ねているのだ。
正気を疑われて当然だろう。
「……ふふっ、失礼。あまりにも唐突でしたから」
目尻に浮かんだ涙を優雅に拭い、小さく咳払いをする。
「一朝一夕で成し遂げられるとは思っていない。無謀に聞こえることも理解している。だが、私は本気だ」
低く、まっすぐに告げると、ラピスはパイプを灰皿に置き、表情をすっと真顔に戻した。
深紅の瞳が、こちらの奥にある覚悟を値踏みするように細められる。
「……思いは伝わりましたわ。馬鹿らしい夢だからこそ、時間の無駄だと、優しい人なら全力で止めるのでしょうけれど」
導杖の先で床を軽く叩き、皮肉げに口角を上げた。
「あいにく、わたくしは優しいわけでもなければ、この質問があなたからの『依頼』ですものね。もちろんお教えしますわ」
「助かる」
「まず、国を創るには『ギルド』の設立が不可欠ですわ。基本的にこの世界では、ギルドの拠点イコール国の領土、という認識でいて構いませんの。だからこそ、他のゲームと比べてギルド拠点の作成難易度は、非常に高く設定されておりますわ」
「どのくらい高い?」
「そうですわね……」
顎に指を添え、少し考える素振りを見せる。
「たった一人でおやりになるのでしたら、一生かけても難しいくらい、と言ったらお分かりかしら? 莫大な資金、膨大な資材、そして国としての体裁を保つためのシステム的な承認。これらを一人でこなすのは不可能ですわ。だからこそ、最初はギルドメンバーを集めて協力し、拠点作成条件を満たす。これが国造りの最初の一歩といったところかしら」
「なるほど。仮に人数が揃っているとして、最短でどのくらいでできそうか?」
「元ある国を独立……あるいは簒奪する形であれば、理論上は一日でできるとされていますわ。けれど、現在滅亡した国がない以上、それは難しいかしらね。次に、空いている空白地帯の土地から新規に国を創るとするならば……そうね、一年くらいかしら。人数も、国民となる住民を合わせて最低でも百人以上はいないといけませんけれど」
「一年、百人以上……そんな感じか」
顎を撫でながら呟くと、ラピスはキャスター付きの椅子に深く座り直し、腕を組んだ。
「何をするにしても、まずはギルドメンバーをある程度集めることが最優先、というところかしらね。ただの烏合の衆ではなく、あなたのその途方もない理想に付き合ってくれる、一騎当千の変わり者たちをね」
「……やはりそうか」
低く息を吐き、静かに目を閉じる。
法を整え、外交を運び、誰もが理不尽に虐げられない土台を作る。
その青写真は、頭の中で既に完璧な形を成していた。
だが、それを現実のシステムに落とし込む第一歩は、自分が最も不得手とする泥臭い「仲間集め」と「拠点開発」から始めなければならないらしい。
一年という気の遠くなるような時間、そして百人分の意志を束ねる労力。
その先に広がる果てしない道のりを思い描きながら、掲げた理想の重さに対する静かな眩暈と、それを凌駕するほどの武者震いを、同時に噛み締めていた。




