15.ラピス探偵事務所
三番街――。
ギルドの受付で買い求めた小冊子の地図を頼りに辿り着いたのは、石造りの建物からもうもうと煙を吐き出す工房区画だった。
鼓膜を打つのは、硬い金属を打ち据える甲高い槌音。
時折、腹の底に響くような爆発音が重低音となって通りを揺らす。
先ほどまでいた中央広場の賑わいとはまるで質の違う、むせ返るような熱気と騒音に満ちていた。
「さて、どこにあるのやら……」
鼻を刺す硫黄と石炭の匂いに顔をしかめながら、大通りを行き交う職人たちに声をかけていく。
ラピスの探偵事務所の場所を尋ねるためだ。
だが、成果はまるでなかった。
「探偵事務所? さあ、聞いたことねえな」「悪いが他を当たってくれ」
屈強な鍛冶屋も、煤だらけの顔をした錬金術師も、一様に首を横に振るばかりだった。
表立って知られた場所ではないらしい。
からかわれているのか、あるいは何かを試されているのか――そんな疑念が頭をよぎったが、諦めて引き返すには早すぎる。
宛てもなく区画の奥へと進んでいくと、ふと、あの喧噪が嘘のように途切れる一角に出た。
建物の影に隠れるように伸びる、ひんやりとした静かな路地。
そのどん詰まりに、古びたレンガ造りの小さな建物が、ひっそりと佇んでいた。
オーク材の扉に掛けられた真鍮のプレートには、『ラピス探偵事務所』と流麗な筆記体で刻まれている。
「……なるほど、裏通りとはよく言ったものだ」
小さく息を吐き、真鍮のドアノブを回す。
カラン、とくぐもったベルの音が響いた。
外観の印象そのままにこぢんまりとした室内は、長身の私には天井がいくらか低く感じられる。
分厚いカーテンが陽の光を遮り、代わりにランプの淡い灯りが部屋を照らしていた。
中央に据えられたマホガニーの執務机には、大量の羊皮紙と書物が、今にも崩れ落ちそうな山を成している。
その机の奥。
こちらに背を向け、窓側を向いた革張りのキャスターチェアに、誰かが腰掛けているのが見えた。
「失礼する。主は――」
声をかけようとした瞬間、キリリとキャスターが軋み、椅子が勢いよく回った。
「いらっしゃい、迷える子羊のマグナ・インペラトル・ヴィオレさん。お待ちしていましたわ」
足を組んで座っていたのは、銀色の長髪をなびかせたラピスだった。
銀の髪の合間から覗く特徴的な羽根飾りが、ランプの光を受けてかすかに煌めいている。
手には古風なパイプが握られ、その先から甘い香りを含んだ紫煙が細く立ち昇っていた。
「よく私のフルネームを憶えていたな」
「当たり前ですわ。昨日のことを忘れるほど、わたくしはお馬鹿ではございませんのよ。では改めまして、ここの探偵事務所の主のラピス・ケイン・シークレット、よろしくですわ」
ラピスは皮肉げに口の端を上げると、ふわりと椅子から立ち上がる。
微笑む唇の隙間から、鋭い牙がちらりとのぞいた。
右手にパイプ、左手には銀の装飾が施された杖。
コツ、コツと優雅な足音を立てながら距離を詰め、机の端でぴたりと足を止める。
「それにしても……思ったより早いご利用ですわね」
「ああ。図書館の文献や、ギルドのクエストで得られる情報だけでは、私の求めるものには手が届かなかったものでな」
「そうでしょうね」
パイプの吸い口を指先で弄びながら、ラピスは深紅の瞳を細めた。
「あなたの求めるような情報は、その辺りに転がっているような安っぽいものではありませんもの。……ということは、それをお求めにいらしたということかしら?」
「ご察しの通りだ」
コートのポケットから手を出し、彼女の瞳を正面から見据える。
「この世界――SERFの情報について詳しく教えてほしい。それと、もう一つ。街で起きている連続失踪事件について、何か知っていることがあれば教えてもらいたい」
その瞬間、深紅の瞳に微かな光が走った。
「ふぅん……もうその失踪事件に関わっているのね」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
漏れた呟きを聞き咎めたが、ラピスはすぐにいつもの芝居がかった笑みへと表情を戻した。
「この世界のことと、失踪事件のこと。もちろんお教えするのは構いませんけれど、ただというわけにはいきませんわ。ここは探偵事務所ですもの。探偵の依頼は、ロハというわけにはいきませんのよ」
「それはもちろんだ。正当な対価は払おう。だが、ご存知の通り私はこの世界に降り立ったばかりでね。持ち合わせが心許ない。金額さえ提示してもらえれば、すぐに稼いでくるが」
「そうね。ざっと一万ユール……と言いたいところですけれど」
導杖の先端で、机の上に散らばった資料の山を軽く叩く。
「現在わたくしが受けている『ある依頼』を手伝っていただけるのなら、それをお代変わりにして差し上げてもよろしくてよ?」
少し考え、静かに頷いた。
一万ユールという金額が今の自分のランクでどれほどの労力に相当するのかは分からないが、彼女の依頼を手伝うこと自体が、この世界を知るための得難い実地調査になる。
「申し訳ないが、今はその手伝いという形でよろしく頼む。ただ、先ほども言った通り、私はまだこの世界の勝手も分からない新参者だ。君の力になれるかどうかは保証できないぞ?」
「ふふっ、大丈夫ですわ」
甘い紫煙の向こうで、ラピスは楽しげな、それでいてどこか酷薄なほど理知的な光を瞳に宿して微笑んだ。
「あなたなら、きっとわたくしの期待に沿えると信じておりますわよ」




