19.最初の失踪現場
再び足を踏み入れたその場所は、変わらず水を打ったような静けさに包まれていた。
住人が消えた空間特有の埃っぽさと、冷えた空気が肌をなでる。
「さて、一時的にヴィオレさんにはワトソン役に抜擢しますわ。さっそく質問ですけれど、現場に着きましたが、まず初めに何をすべきかわかります?」
銀色の長髪をなびかせながら、黒いゴシックロリータ衣装に身を包んだラピスが振り返る。
深紅の瞳が、面白がるようにこちらを覗き込んでいた。
「聞き込みとかか?」
「ノン。間違いではありませんけれど、聞き込みはあなたが既に行ったのでしょう?」
「行ったには行ったが、一部だぞ?」
「それだけで十分ですわ。特定の個人を探すなら行方を知る方を重点的にあたるべきでしょうけれど、複数人をそれぞれ探すとなると人手が足りないでしょう?」
「確かに、そう言われればそうだな。ということは、それ以外に効率的なやり方があるということか?」
「もちろんですわ。それは『痕跡』を見つけること、ですわ」
自慢げに、手にした銀装飾の杖を軽く回してみせる。
「痕跡を見つけられるならそれに越したことはないだろうが、それこそ大変じゃないか?」
「何のためにこの世界にいて、何のためにわたくしが『探偵』という職業ジョブに就いていると思いますの?」
「……あっ、そういった痕跡を探すスキルがあるとか、そういうことか?」
「本当に、察しの良さはピカイチですわね。正解ですわ。現在のあなたはニートなので何のスキルもないとは思いますけれど、察しの通り、探偵には探偵らしいスキルがありますことよ」
さらりと混ぜ込まれた一言に、思わず眉をひそめる。
「その『ニート』という話のくだりは必要だったか?」
「失敬、愛嬌ですわ」
悪びれもせず、上品な笑い声を漏らすラピス。
「それは愛嬌ではなく毒だろう」
「可愛らしい毒もある、ってことですわ」
「毒って認めたな」
「そんなことはさておき、早速調べますわ」
見事にうやむやにされつつも、その所作に目を奪われる。
杖の先を床にコツンと突き立て、深紅の瞳を細めて低く呟いた。
「――痕跡検索<足跡>」
刹那、黒曜の導杖の先端から、青白い波紋のような衝撃波が足元へ広がっていく。
空気を震わせる微かな耳鳴りの後、何もないはずの床板の上に、淡く発光する無数の足跡が浮かび上がった。
「ビンゴ、ですわね」
おそらく足跡を可視化するスキルなのだろう。
その手際の良さに感心しつつ視線を落としてみるが、大小様々な足跡が重なり合っているだけで、何か得心のいくものは見当たらなかった。
「ちょっと分かりづらいとは思いますけれど、そこの足跡……特徴的なのがわかります?」
表情から何かを察したのか、助け舟が飛んでくる。
杖の石突きが示した場所を、言われた通りに凝視した。
一見すると他の足跡に紛れているが、よく見ると他より一回り大きく、つま先にかけて扇形に広がっている。加えて、分かりづらいながらも、爪が食い込んだような窪みも見て取れた。
「それはアニヴェクの足跡ですわ。それも、大型動物をモデルにしているアニヴェクですわね」
「アニヴェクといえば、確か……全身に毛が生えている、獣に近い種族だったか」
種族選択の際の光景を思い出しながら答えると、ラピスは満足げに頷いた。
「よく覚えていまして、物覚えもいいですのね。そう、そのアニヴェクの足跡ですわ。そして、この住宅で失踪したプレイヤーはアニヴェクではございませんし、この住宅にアニヴェクは住んでおりませんわ」
「その情報はいつ……? ここを知ったのはさっきのことだろう。私も失踪したプレイヤーの種族など知らなかったぞ」
先ほどのスキルは足跡を探すためのものに見えたが、それ以外の情報も既に握っているというのか。
「言い忘れていましたけれど、あなたが受けたクエストの依頼人である仕立て屋の主人は、この服を仕立ててくれた恩人ですわ」
自身の豪奢なドレスの裾を軽くつまんで見せる。
「ということは、弟子のことも知っていましてよ。住んでいる場所までは知りませんでしたけれど、彼女から、住んでいた頃の様々な話は聞いていましたの」
「なるほど……そういうわけか。でも、アニヴェクが住んでいなかったとして、これで何が分かるんだ?」
「もちろん、お客さんとして訪れた可能性もありますけれど、いったんは『ここにいないはずのアニヴェクがいた』、それだけで収穫なんですの」
「どういうことだ……?」
「今、隣国である『名誉ミーム連邦』のギルド、『ムー』がきな臭い動きを見せていまして。そのムーは、アニヴェクオンリーで構成されたギルドなんですの」
「つまりは、そのムーとやらのギルドが、この失踪事件に噛んでいると?」
「あくまで、可能性が出てきただけ、ですわ。名誉ミーム連邦自体が謎に包まれていることからして、もし噛んでいたとして、動機までは見えてきていませんもの。ただ――」
言葉を区切り、窓の外、遠く広がる異国の空へと視線を投げた。
「ただ?」
「いえ、推測に推測を重ねてもしょうがないですわね。とりあえず、他にも失踪者がいた場所へ行ってみましょう」
考えを振り払うように踵を返し、ラピスは杖の音を響かせながら軽やかに歩き出す。
その後ろ姿を、静かに追いかけた。




