プロローグ
はじめまして。富士候と申します!
VRMMORPGの建国物語を書きたいという欲があったので、書いてみました。
どこかしら読者に刺さってくれると嬉しいです!
◆
雨が降っていた。
音というより、圧力に近い。
無数の粒がアスファルトと傘の膜を絶え間なく叩き、街全体を薄い水の膜で覆っていくような感覚。
信号待ちの人だかりの中、私は一人だけ立ち止まったまま、手の中の画面を見つめていた。
そこに映るのは、業務連絡にしては簡潔すぎる一通の通知だった。
数年をかけて設計してきた、ある自治体の法制度と資源配分の枠組み――そのすべてを白紙に戻すという通達。
添えられた理由は、驚くほど短い。
有力な出資者の意向に沿わなかった。それだけだった。
制度としての整合性も、関係者全員が損をしない設計も、突き詰めれば紙の上の話に過ぎない。
現実を動かしているのは、もっと生々しく、もっと個人的な感情だ。
誰か一人の機嫌ひとつで、積み上げてきたものは容易に瓦解する。
「……結局、土台から腐っているというわけか」
声にするつもりのなかった言葉が口をついて出て、そのまま雨音に呑まれて消えた。
何度目かも数えていない。
提案するたびに、理想は「現実を知らない絵空事」の一言で片付けられてきた。
だが、私が求めていたのは支配の構造ではない。誰かの一存で覆らない、挑戦するための足場だ。
それだけのことが、この世界にはどうしても実装できないらしい。
◆
部屋に戻ると、灯りもつけずにコートを脱いだ。雨を吸って重くなった生地から、床にぽたぽたと水滴が落ちる音だけが響く。
パソコンの電源を入れると、画面の光だけが部屋を照らした。
積み上げたままの資料の山に、青白い光が影を落とす。
いつもの流れで起動しようとしたゲームのアイコンに手を伸ばす前に、通知が一件届いていることに気づいた。長く付き合いのあるフレンドからだ。
『金があるなら、この世界に逃げ出さないか?』
文面の下には、見覚えのないリンクが一つ。
普段なら、素性の知れないURLになど触れない。
だが差出人への信頼と、それ以上に「逃げ出す」という一語が、今の私にはやけに具体的な提案として響いた。
指がクリックを選んでいた。
読み込まれたのは、装飾を削ぎ落としたような黒い背景のページだった。中央に浮かぶ白い文字列。
『Second Era Real Fantasy ―― 参加者募集』
聞き覚えがある。ネットの片隅で、実在するかどうかも定かでないまま噂されてきた完全没入型のオンラインゲーム。通称SERF。
説明文に目を通していく。地球に匹敵する広さを持つ仮想空間。
剣と魔法、複数の種族が共存する世界。
管理するAIがプレイヤー一人一人の行動履歴を解析し、その人間性に応じた職能や技能を都度組み上げていくという。
歩く、読む、話す。
日常のあらゆる所作が経験として蓄積され、暮らし方そのものが世界に痕跡を残していく仕組みらしい。
そして時間の流れ方も現実とは違う。あちらでの十日は、こちらの一日に相当する。
ここまでは、よくできた娯楽の宣伝文句だ。
だが、スクロールを続けた先に、公には出回っていない記述があった。
『警告:本プロジェクトへの参加は、現実世界における社会的な死を意味します』
『参加条件:現世のすべての未練を断ち切っていること』
専用施設のカプセルに横たわり、意識をサーバーへ丸ごと移す。
残された肉体は放棄され、法的な手続きを経て「これまでの人生」を正式に手放すことになる。
生半可な覚悟では踏み込めない、片道の選択だった。
日本国内であれば間違いなく規制の対象になるはずのプロジェクトが、法の整備が追いついていない国を拠点にすることで、かろうじて成立しているのだという。
画面をスクロールする指先が、一瞬止まる。
このページ自体、検索で辿り着ける場所ではないと注釈があった。
招待された者だけが開ける、そういう構造らしい。
つまり今、私はその招待の中にいる。
ページの下部には、残り時間を示すカウントダウンと並んで「応募する」のボタンがあった。
この数字がゼロになる前に押せ、ということだろう。
押した瞬間、私はこの世界に何の未練もないと見なされる。
奇妙なことに、迷いはなかった。
胸の内側で燻っているのは恐怖ではなく、もっと静かな昂ぶりだった。
誰の一存にも左右されない、まっさらな土地。
そこでなら、最初からやり直せるかもしれない。
『同意して応募する』
指がボタンに触れる。
カチリ、と乾いた音が部屋に響いた。
読み込みの数秒を挟み、画面に無機質な一文が浮かび上がる。
『エントリーを受理しました。指定の日時に、以下の座標へ集合してください』
◆
一週間が経った。
やるべきことはすべて片づけた。飛行機を乗り継ぎ、指定された座標――使われなくなって久しい工場の跡地に降り立つ。
錆びた鉄と埃の匂いが、閉めきった空気の中に沈んでいた。
薄暗いホールには、すでに大勢の人影があった。
年齢も服装もまちまちだが、共通しているのは目の奥に宿る光だ。
何かに見切りをつけた人間だけが持つ、乾いた静けさ。
視線を巡らせても、私を誘ったはずのフレンドの姿は見当たらない。
それでも、この場のどこかにいるはずだった。
「ここが、新たな世界の入り口か……」
奥の扉が音を立てて開き、白衣姿の人々が現れる。
その先に並んでいたのは、映画の中でしか見たことのないような、純白のカプセル群だった。
私は濡れたコートの襟を直し、迷いのない足取りでその中へと進んでいった。
もう、後ろを見る理由はどこにもなかった。
ここから世界に入り込み、ゲームを始めていく予定です!
更新は不定期ですので、気長に見てくれればと思います!




